大阪空港公害訴訟

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弁護士の佐藤です。

さて、本日も生存権に関するお話しですが、本日のテーマは、環境権というものです。

これは、1960年の高度成長期に、大気汚染、水質汚染、騒音等の公害が発生し、環境が著しく悪化したことを背景に、環境を保全し、良好な環境の中で国民が生活できるために新しい人権として提唱されたものです。

条文上の根拠は、憲法13条の幸福追求権に一つという説もありますが、社会権的な側面もあり憲法25条も環境権の根拠となると学説上では言われています。

そして、この環境権が問題となったリーディングケースが大阪空港公害訴訟とよばれる事件で、航空機の離着陸の騒音に悩まされている大阪空港周辺の住民が、空港管理者たる国に対して、人格権ないし環境権を根拠に損害賠償と午後9時以降の航空機の発着の禁止を求めて提訴した事件です。

この点、大阪高裁は、個人の生命、身体、精神および生活に関する利益は、各人の人格に本質的なもので、その総体を人格権ということができとし、人格権に基づく妨害排除、予防差止請求を認める画期的な判断をしました。

ところが、昭和56年12月16日最高裁判決は、

「そもそも法が一定の公共用飛行場についてこれを国営空港として運輸大臣がみずから設置、管理すべきものとしたゆえんのものは、これによつてその航空行政権の行使としての政策的決定を確実に実現し、国の航空行政政策を効果的に遂行することを可能とするにある、というべきである。すなわち、法は、航空機及びその運航、航空従事者、航空路、飛行場及び航空保安施設、航空運送事業並びに外国航空機等に関する広範な行政上の規制権限を運輸大臣に付与し、運輸大臣をして、これらの権限の行使により、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、航空機を運航して営む事業の秩序を確立し、社会、経済の進展、国際交流の活発化等により増大する航空運輸に対する需要と供給を調整し、他の諸政策分野と整合性のある航空行政政策を樹立し実施させることとしており、これに関する公共施設として航空法の定める公共用飛行場を設けている。そして、そのうち、私営又は公営の公共用飛行場については、設置者たる個人、法人又は地方公共団体がこれを管理し、運輸大臣は、法規上、その設置又は休止若しくは廃止に対する許可、管理規程の制定又は変更に対する認可その他の行政上の監督権限の行使を通じて、それを国の航空行政計画の一環として位置づけ、規制しうることとしているにとどまるのに対し、国際航空路線又は主要な国内航空路線に必要なものなど基幹となる公共用飛行場(空港整備法二条一項一、二号にいわゆる第一、二種空港)については、運輸大臣みずからが、又は法律により設立され運輸大臣の特別な指示ないし監督に服する特殊法人である新東京国際空港公団が、これを国営又は同公団営の空港として設置、管理し、公共の利益のためにその運営に当たるべきものとしている。それは、これら基幹となる公共用飛行場にあつては、その設置、管理のあり方がわが国の政治、外交、経済、文化等と深いかかわりを持ち、国民生活に及ぼす影響も大きく、したがつて、どの地域にどのような規模でこれを設置し、どのように管理するかについては航空行政の全般にわたる政策的判断を不可欠とするからにほかならないものと考えられる。」

としたうえで、

「右にみられるような空港国営化の趣旨、すなわち国営空港の特質を参酌して考えると、本件空港の管理に関する事項のうち、少なくとも航空機の離着陸の規制そのもの等、本件空港の本来の機能の達成実現に直接にかかわる事項自体については、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが、空港管理権者としての運輸大臣と航空行政権の主管者としての運輸大臣のそれぞれ別個の判断に基づいて分離独立的に行われ、両者の間に矛盾乖離を生じ、本件空港を国営空港とした本旨を没却し又はこれに支障を与える結果を生ずることがないよう、いわば両者が不即不離、不可分一体的に行使実現されているものと解するのが相当である。換言すれば、本件空港における航空機の離着陸の規制等は、これを法律的にみると、単に本件空港についての営造物管理権の行使という立場のみにおいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきではなく、航空行政権の行使という立場をも加えた、複合的観点に立つた総合的判断に基づいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきものである。」

としました。 そして、

「本件空港の離着陸のためにする供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから、右被上告人らの前記のような請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。したがつて、右被上告人らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして、上告人に対し、いわゆる通常の民事上の請求として前記のような私法上の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないというほかはない。」

 

とし、

「前記被上告人らの本件訴えのうち、いわゆる狭義の民事訴訟の手続により一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求にかかる部分は、不適法というべきである。」

と差し止め請求を却下する判断を示しました。

もっとも、この最高裁にも反対意見があり、

「思うに、国営空港設置の主たる理由が多数意見の説くようなものであることは、確かにそのとおりであろう。公共用飛行場は、公共の航空運輸活動のために不可欠の施設であり、わが国における国内及び国際航空運輸活動をどのような形で、どの範囲で、どの程度まで行わせるかについての航空行政政策の樹立及びその実現は、公共用飛行場の存在とその機能を抜きにしては考えられないところであるから、かかる公共用飛行場の設置・管理を専ら地方公共団体や私人のみに委ね、これに対する運輸大臣の諸種の許可、認可等の監督権の行使を通じてその活動をコントロールするだけでは不十分であり、むしろ、基幹となるべき公共用飛行場については、国営空港としてこれを設置し、運輸大臣をして直接その管理運営にあたらせることにより、航空政策上必要と思料される場所に必要規模を有する公共用飛行場の存在を確保し、あわせて航空行政機関と公共用飛行場の管理運営者とが別々である場合に両者の措置の間に生ずべき矛盾衝突を避け、航空行政上の政策決定とその実施の一元化をはかる必要があることは、たやすく肯定できるところであり、本件空港のような国営空港設置の趣旨、目的がそこにあることについては、もとより私にも異論はない。しかしながら、このような趣旨、目的の存在は、公共用飛行場を運輸大臣を管理機関とする国営空港として設置する理由の説明とはなりうるが、それを超えて、この場合における管理機関としての運輸大臣の管理運営に関する作用が、たとえ航空機の離着陸の許否に関する部分のみに限られるにせよ、論理上当然に単なる施設管理権の行使たる性質のほかに航空行政規制権という公権力の行使たる性質をも有するものとなるとか、ないしは法律が国営空港として設置することとしたこと自体の中に右のような公権力行使性を付与する趣旨が含まれているものと解すべきであるといつた結論を導き出すことは、右の理由だけからは不可能ではないかと思われる。確かに、特定飛行場における離着陸を含む一定の航空路線による航空運輸の円満な実現を確保するためには、かかる航空活動に対する航空行政機関の規制作用と当該飛行場の管理運営者による右飛行場の供用行為との間に密接な協同性がなければならず、両者の判断や意思決定に矛盾齟齬が生ずることを避けなければならないが、国営空港については、そのような目的は、右の判断ないし意思決定が同一人ないし同一機関に委ねられるということによつてすでに一応達せられているはずであり、それ以上にそのそれぞれの行為に含まれる判断なり決定なりが法律上同じ性質とこれに伴う効果とをもつものでなければならないとするためには、更に特段の理由づけが必要ではないかと思われる。  思うに、公共用飛行場を航空機の離着陸のために供用する行為は、その飛行場の物的施設を右の用途に使用させることと離着陸に必要な人的役務を提供することとを含んでいるが、いずれもその中には行為自体の性質として公権力行使性をもつものは含まれていない。このことは、私営の公共用飛行場についてはもとより、公営のそれについても同様であろう。それが国営空港となつた途端にその供用行為に公権力行使性が出てくるというのは、いつたいいかなる理由によるのであろうか。私は、強いていえば、次のように説明する以外にその理由づけは困難ではないかと思う。すなわち、航空運輸は高度の公共的必要性を有する事業であるが、その具体的内容をなす航空機の飛行活動、なかんずく本件で問題とされている飛行場での離着陸は、その際に発する騒音や排気ガス等によつて飛行場周辺の住民等の第三者に特別の不利益を生ぜしめる可能性をもつ行為である。それ故、このような航空機の飛行活動を可能ならしめるためには、できる限り後者の被害を減少させる措置を講ずるとともに、具体的にどの程度の飛行を実現させるかについては、具体的な条件のもとで右の公共の必要性と第三者の被るべき不利益とを相互に比較考量してこれを決定しなければならない。この決定は、事柄の性質上、航空行政についての権限と責任を有する行政機関、すなわち運輸大臣に第一次的に委ねられるべきものであり、現行航空法等も、そのような建前をとつていると解すべきである。すなわち、運輸大臣は、例えば定期航空運送についていえば、事業者の提出する事業計画に基づく免許の付与や事業計画の変更の認可(航空法一〇一条、一〇八条、一〇九条。以下、単に事業計画に関する認可処分という。)にあたつて右のような判断のもとにその許否を決すべく、また、その航空機の離着陸に必要な公共用飛行場の供用については、私営又は公営のそれに関しては当該飛行場の設置及び管理に対する航空法所定の各種の許認可権、例えば供用の休止ないし廃止に対する許可(同法四四条)、管理規程の制定、変更に対する認可(同法五四条の二)の権限の行使に際して右の判断を行い、間接的にこれに従つた供用をなさしめるとともに、国営空港についてはみずからがその管理機関として同様の判断のもとに直接供用の範囲及び内容を決定すべきものとしていると解すべきである。そして、このような判断ないし決定は、いずれの場合にもひとしく公定力をもつ行政判断ないし決定たる性質をもつものというべく、したがつて、国営空港である本件空港の供用行為には、少なくとも航空機の離着陸の規制に関する限り、公権力の行使たる性質が含まれているというべきである、との議論である。  右の議論には、一応もつともな点が含まれている。一般に、直営たると特許によるとを問わず、公企業の遂行が一般第三者に被害を生ぜしめる可能性がある場合に、両者の間の調整をはかるためには、その間に行政的な判断とこれに基づく措置を介在せしめるのが合理的であり、できる限りそのような線に沿つた具体的な立法上の手当がなされることが望ましいこと自体については、私にも異論はない。航空輸送事業及びこれに関連する公共用飛行場施設の設置・供用事業の遂行と一般第三者との間の利害の調整の問題も、同様である。しかし、このことから、現に航空法その他の関係法律がこのような趣旨の立法をしたものであると解することには飛躍があり、そのためには規定上の特別の根拠を示すことが必要ではあるまいか。一般に法律が上記のような行政的判断とこれに基づく措置による調整の方法を講ずる場合には、右の判断の基準や具体的措置の内容を定め、要すれば必要な調査や決定の手続を定める等しかるべき規定上の手当をするのが普通であるし、少なくともその趣旨を窺わしめるような規定をどこかに設けるはずと思うのであるが、航空法その他の関係法律の中には、どこにもそのような規定が見あたらないのである。それにもかかわらず、単に事柄の望ましさだけから法律の規定の中に一定の解釈を持ち込むことは、恣意的に過ぎるとの批判を免れないのではあるまいか。  のみならず、仮に多数意見の解釈に従い、運輸大臣の上記処分、例えば前記航空法による事業計画の認可や飛行場の管理規程の制定、変更に対する認可等の処分に上述のような内容の判断ないし決定が含まれているとすれば、これらの処分に基づいてされる行為、すなわち当該事業計画に沿う飛行活動や飛行場の供用行為は、一般第三者である飛行場周辺の住民に対する関係でも、それらの者の被る被害のいかんにかかわらず一応適法化されることとなるが(そうでなければ右の判断ないし決定に公定力を付与する意味はない。)、航空法の右各規定は果してそのような趣旨まで含むものとして定められているのであろうか。私には、どうしてもそのようには解されない(もつとも、運輸大臣の上記各規定による許認可権限は、事業者に対する関係ではかなり裁量の幅の広いものであるから、許認可にあたつて飛行場周辺の住民の被害を考慮してこれを決定するということも、あるいは裁量権の範囲内として可能であるかもしれない。しかし、このことは直ちに、認可等の処分がこれら住民に対する関係で上述の効果を生ずることまでを意味するものではないと思われる。)。上告人も、現行法の解釈としてこのような主張を少なくとも明示的にはしておらないし、本件において、被上告人らの度重なる被害の訴えにもかかわらず、運輸大臣が、飛行活動の許容限度を決定するために、右の被害の実態を調査する等し、これに基づいて比較考量による判断を行つたことを窺わせるような形跡がほとんど認められないことも、運輸大臣自身が法律上右のような権限及びこれに伴う職責を有していたとは考えていなかつたことを示すものではないかと思う。  以上の理由により、多数意見の上記見解は、正当とはいい難いと考える。」

として、差し止め請求を民事の請求として適法とはする4名の裁判官の反対意見がり、注目に値する内容です。

 

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