返すつもりでの機密資料の持ち出し

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弁護士の佐藤です。

 

さて、本日も刑法に関する判例をご紹介します。

本日の事案は、他社が開発した医薬品の自社製品としての導入や新薬開発に関する事務を統轄する地位にあつた製薬会社部長が、中央薬事審議会に提出されている他社の新薬製造承認申請用資料を入手しようと企て、以前から付届けや酒食の接待等で取り入っていた国立予防衛生研究所勤務の厚生技官と共謀のうえ、同技官をしてその上司である同審議会委員で予研抗生物質製剤室長の管理にかかる資料編綴ファイルを同上司の使用する戸棚から持ち出させ、被告人において自社に持ち帰り、そのコピーを作成したうえ、約7時間ないし16時間のうちに同技官をして再び右戸棚にこれを返却させたというものです。

 

ここで何が争われたかといいますと、被告人には、本件資料には経済的価値がなかった、不法領得の意思がなかつた、占有の侵害がなかったのではないかということでした。

 

この点に関し、東京地方裁判所昭和59年6月15日判決は、

 

「弁護人は、被告人らの行為は本件各資料に対する管理者の占有を侵害したものではなく、また、本件各資料は秘密性を欠き経済的価値を有しないものであるうえ、被告人らは本件各資料をコピーした後直ちに返還する意思で持ち出したものであつて、被告人には不法領得の意思がなかつたものであるから、結局被告人は無罪であるという」

 

という弁護人の主張に対し、

「前掲の関係各証拠によれば、本件各犯行当時、予研抗生物質製剤室長Dの執務室の戸棚に在中した新薬製造承認申請に関する資料については、同室長が前任者のBから引継ぎを受けた分も含め全てD室長の占有管理にかかるものであり、本件各資料もその一部であること、D室長は、新薬の製造承認申請に関する資料の中には企業秘密にわたる部分もあると考えており、予研内部の者が研究等のために用いる場合を除き、それ以外特に外部の製薬会社関係者に対しては自己の占有管理する右資料の閲覧等を許さないという姿勢を日頃からとつていたことが認められ、これらの事情からすると、同室長も供述するとおり、被告人らの本件各資料の持出し行為は同室長の容認しないものであることは明らかである(なお、弁護人は、D室長は本件各資料については本権に由らない単なる占有者にすぎないから、その意思を問題とすべきではない旨主張するが、D室長が本件資料の正当な管理者であつたことは疑いなく、そうであるとすれば、同室長が本件資料の外部への持出しを容認していたか否かは占有侵害の成否について決定的な要素となるものと言うべきである。)。本件において、被告人らはD室長の右のような態度を知つていたため、右各資料を予研外に持ち出すことを目的として鈴木清において同室長が不在の時を見計らい同室長には無断で本件各資料を戸棚から取り出し、これを自己の支配下に置いたのであるから、この時点でD室長の本件各資料に対する占有が侵害されたことは明らかである。そして、鈴木は、D室長の不在時を見計らつて予め定められた時間に製剤室を訪れた被告人に右各資料を直接手渡し、被告人はこれをA化学本社に持ち帰つてコピーを作成した後、眼科用スルペニシリンナトリウムの資料については約一六時間後の翌朝に、塩酸バカンピシリン及び塩酸セフメノキシムの各資料については約七時間後の当日夕方にそれぞれ鈴木の許に返却し、同人は右各資料をそれぞれD室長の戸棚の元の場所へ戻したことも証拠上認められるのであつて、右のような資料の利用状況や返却までの時間を見れば右占有侵害が実質的な違法性を具備していることも十分に肯認できるところである。」

とし、さらに、

「本件各資料の秘密性ないし経済的価値についてみるに、本件各資料に含まれているデータや論文等のうち公表されているものもかなりあることは弁護人指摘のとおりであるが、例えば『日抗基以外の規格及び試験方法並びに設定理由』とか『概要』などのように公表されない部分もあり、製薬会社の中ではこれらの資料を秘文書扱いにしている例が多いこと、たとえ生のデータや論文が公表されている場合であつても、それらを網羅的に検索しその内容を仔細に検討したうえ、製造承認申請内の資料としてまとめ上げるまでには大変な労力と時間を必要とすること、特に資料中の『概要』の部分については各製薬会社ともその内容や編集方法に苦心しており、各社なりのノウハウ的な基準を有していることが証拠上認められるのであつて、これらに加え、被告人自身捜査段階において本件各資料の有用性を肯定する詳細な供述をしており、同供述は右に述べたところや本件各資料のうち眼科用スルベニシリンナトリウムの資料については現実にA化学四の開発委員会用の資料を作成する際に利用されたことなどに照らして十分合理的なものとして是認できることなどの事情を考慮すると、本件各資料は秘密性のほか有用性ないし経済的価値を十分有していたと認められる。そして、本件各資料の経済的価値がその具現化された情報の有用性、価値性に依存するものである以上、資料の内容をコピーしその情報を獲得しようとする意思は、権利者を排除し右資料を自己の物と同様にその経済的用法に従つて利用する意思にほかならないと言うべきであるから、判示犯行の動機及び態様に照らし、被告人には不法領得の意思が存在したと認めるのが相当である。そうだとすると、被告人の本件行為については窃盗罪が成立するものと言わなければならない(なお、犯行の際に利用後は資料(原本)を返還する意思を有しておりかつ現実に返還されたとしても、それは不法領得の意思の存在に影響を及ぼすものではなく、そのことによつて窃盗罪の成立が否定されるものではない。)。」

とし、結論として窃盗罪の成立を認めました。

機密資料自体の持ち出しではなく、機密資料をコピーし、返すつもりの場合、不法領得の意思を認めるかは、色々争いがあるところですが、判例は多く窃盗罪等の財産犯の成立を認める傾向にあるようです。

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