虚偽の風説

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弁護士の佐藤です。

今週もはじまりました。

さて、本日も業務妨害罪の成否が問題となった事案の判例をご紹介しますが、おさらいとして、刑法233条は、

虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

と規定しています。そして、本日の判例は、上記「虚偽の風説」が争点となった判例です。

 

どういう事案かといいますと、被告人は、自ら食品添加物の販売をしたり、国立衛生試験所に出入したりして、食品業界や食品衛生行政の実態を垣間見るうち、右の実態や食品添加物一般について強い疑問を抱くようになり、知識の乏しい一般国民に自己の知見を知らせ、各種食品等の危険性について注意を喚起し啓蒙する必要ありと考え、上野製薬が特許を得て製造販売しているニトロフラン誘導体豆腐用殺菌剤AF-2が「たいへん有害な」添加物である旨詳細に記述した書籍を出版し、また、テレビに出演して、金魚を死亡させる実演をしたりしたのですが、検察官は、被告人の上記各言動を把えて、偽計業務妨害罪及び偽計業務妨害罪にあたるとして起訴したものです。

 

この点、東京地方裁判所昭和49年4月25日判決は、

 

「『虚偽の風説』については、『風説』の意味について争いはあるが、学説上、一般に、実際の事実と異なつた事項を内容とするうわさのことをいうと解されているところ、右にいう実際の事実とは客観的真実とも言われ、その意味内容を理解するについては、偽証罪におけるいわゆる主観説と客観説の対立を想起し、その客観説を参照するとよいと思われるが、『虚偽の風説』か否かは、被告人の行為当時の認識内容、その根拠資料の有無・内容、その当時存在していた当該事項についての資料あるいは世間の一般的認識などとは関係なく、一切の証拠資料すなわち被告人が行為当時知らなかつたものあるいはそもそも知りえなかつたと思われるものや行為以後現われたものを含めて、それが実際の事実と異なつているか否かについて決せられるものと解されていたようである。そして、このような解釈の背景には、業務妨害罪にいう『虚偽の風説』か否かで問題となる事実の真否の証明も、一般の犯罪事実の証明とその構造を同じくするとの暗黙の前提があるように思われるが、たとえば、『あの食堂は客の食べ残しを、次に出している。』などといつたような具体的事実の存否が問題となる事例についてであるならば、まさにそのとおりであり、また、これまでのところ、そのような事例が大部分であつたと思われる。」

としながら、

「近時、食品・薬品公害ということが叫ばれ、また、いわゆる欠陥車等の欠陥商品などの問題もクローズアップされてきたが、これらに関し、ある食品が有害であるとか、ある商品が欠陥であるとかいうようなことが消費者運動や学者、評論家によつて主張されたり、あるいは、競争関係にある企業の間で重大な利害関係を生じている例がみられるところ、食品等の有害性や欠陥の有無ついては、その研究が長期間継続され、次々に積極・消極両様のさまざまな発表がなされることが多く、その研究もいつとどまるとも知れないものがあり、研究者の立場によつて結論を異にすることが多い。このような場合、最終的確定的な結果を早期に期待することはほとんど不可能であり、先にみた単純な事実の存否と異なり、一刀両断的解決は望み薄であつて、その結果が確定するまでどのように裁判が遅延しようともこれを待つべきであるとする見解は、憲法三七条一項の保障する迅速な裁判の要請に照らし、到底採ることができない。したがつて、このような事項をめぐる業務妨害罪の成否が問題とされる場合に、『虚偽の風説』について、先にみたような従前の理解のままでよいかは、大いに疑問とされねばならない。」

とし、さらに、

「本件で、検察官は、その公訴事実における本件各著書からの引用部分の記載のしかたからも明らかであるように、被告人が『AF-2』ないし『トフロン』を有害であるとしている点を核心的にとらえて虚偽の風説だとし、前記3(一)Aおよび(二)Aに引用の本件各著書記載部分中に若干含まれている個々の具体的事実の真否を問題にしているのでないのであるから、本件においてはまさに、『AF-2』の有害性の有無という単純には決しがたい点が問題となつているのである。しかも、前記2においてみたとおり、現在までのところ、『AF-2』が食品添加物として有害であるとも無害であるとも決着はついておらず、なお、各方面で研究が続行中であることが認められるから、本件はまさに先の問題を検討するにふさわしい事案であるといえよう。」

としました。そして、

「まず、本件の場合、『虚偽の風説』についての従前の理解に従うならば、『AF-2』が完全に無害であるという証明は尽くされていないのであつて、将来の研究いかんによつては、発がん性等が問題となる余地も予想されないわけではなく、仮にそうになつたとすれば、枝葉末節の点はさておき、『AF-2』は有害であるとの被告人の記述自体は虚偽でないこととなり、『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の原則上、『虚偽の風説』であると認めることはできず、無罪としなければならないことになろう。しかし、そうであるとするならば、本件の場合はさておき、仮に、競争関係にある企業の関係者が、自己の利益を考え、その当時としては根拠のないことを知りつつ他社の商品を誹謗するといつた事例においても、後にいわゆる科学論争に持ち込みさえすれば処罰を免れる余地があるということになるが、このような場合、後日になつてその誹謗が結果的に、正当であつたことが証明されえたとしても、その誹謗者は処罰されるとするほうが、世人の正義感情にかなうところであろう。」

とし、

「そこで、それでは『虚偽の風説』をいかに解すべきかの検討に移ると、まず、『虚偽の風説』か否かの判断資料から、被告人が、当該行為をなした以後の研究結果を排除しなければならないことは、以上の考察から自明のところであるし、また、右行為以前のものについても、被告人が知りえなかつたかあるいは知らなかつたのも無理はないと認められものは、たとえば、外国での研究結果、企業秘密のことを考えると、やはりこれを除外すべきであろう。そうだとすると、当該事項に関し、被告人が収集していた情報・資料および自己の研究ならびに収集すべきであつたと認められる情報・資料等を判断資料として「虚偽の風説」か否かを決することになるが、それは結局、被告人が、当該事項を述べたについて、相当な資料・根拠を有していたか否かを、情報収集義務をも考慮に入れつつ判断するということになり、名誉毀損罪において、刑法二三〇条の二・一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると信じたことについて確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときは犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないものと解されている(最高裁判所第二小法廷判決昭和四六年一〇月二二日刑集二五巻七号八三八頁参照。)のと、同様の判断過程をとることとなろう。」

としながら、

「名誉毀損罪については、被告人側で事実の真実性の立証ができなかつた場合に、犯罪の故意につき右の点が問題となるのに対し、業務妨害罪については、客観的な意味での事実の真実性の有無を度外視して、右の点を故意の問題に先立ち、客観的に『虚偽の風説』といえるか否かということで、問題とすることになるが、これは両罪の構成要件の相違からくる当然の帰結というべきであろう。また、『虚偽の風説』を右のように解することは『虚偽』という言葉の常識的解釈と離れすぎるのではないかとの反論も考えられなくはないが、この点偽証罪における『虚偽』についていわゆる主観説が判例・通説であることをも考え合わせると、さほど問題ではないと思われるのみならず、『虚偽の風説』にある風説を重視するならば、かえつて文理にかなうといえるのではないか。そして、『虚偽の風説』をこのように解するならば、前記のような悪質事犯を処罰の対象とすることが可能であるとともに、後述のこの点の故意についての解釈をも考慮すると不当に処罰の範囲を拡張することにもならず、妥当な帰結を導きうると思われる。

とし、

「すなわち、以上の理由により、当裁判所は、刑法二三三条にいう『虚偽の風説』とは、行為者が確実な資料・根拠を有しないで述べた事実であると解し、故意の点は別論として、その資料・根拠の確実性は、被告人の主観によつて決するのではなく、社会通念に照らし客観的に判定されるべきであるとするのが相当であると考える。」

と定義づけしました。そして、本件に対するあてはめとして、

「そこで、右のような解釈のもとに、被告人の本件各著書の『AF-2』に関する記載(起訴部分のみ)が、客観的に「虚偽の風説」にあたるか否かについてみると、被告人の右記載はきわめて断定的であるのみならず、全体的にみて、ことさらに誇張的表現を用いており、読者にとつて相当ショッキングな記述となつている。そこで、その根拠をみると、前記4(三)(1)イ、ロ、および(2)イについては、被告人の持論であり、いずれもそのような見解がありうると認められるが、別の立場、見方もありうるのであり、それ自体として「AF-2」について右のような表現をとることを相当とすべきほどの根拠ではなく、4(三)(1)ハについては、前記2三(2)中にふれたとおり確かに不分明な点はあるが。それだけで、「AF-2」を有害とする根拠とはならないし、同二が著書の記載からみると最も重要な根拠のようであるが、急性毒性自体は、使用規準量の範囲内では問題にならないと認められるし、同ホ、ヘ、トについても「AF-2」が有害であるとまで断定するに足りる根拠となりえないし、前記4(三)(2)ロについては、食品衛生調査での審議においても一部の委員からそのような発言があつたことから一応理解できなくはないが、ただちに「AF-2」も危険だと断定する根拠としては貧弱であると思われるし、同ハないしヘについても、このような誇張表現をとるほどの根拠とはいいがたいのみならず、なぜこれらの点を根拠として著書中に記載しなかつたのか理解に苦しむところである。」

とし、最終的に、

「以上、客観的にみるかぎり、本件各著書の『AF-2』についての記載(起訴部分のみ)は、確実な資料・根拠に基づくものとは認めがたいから、前記の理由で『虚偽の風説』にあたるといわざるをえない。」

と結論づけました。

もっとも、本件では、

「被告人、食品添加物のようなものについては、無害であるかどうかが疑わしいということはすなわち有害であると考えるべきだとの立場に立つており、そのためもあつて、本件各著書の『AF-2』についての記載部分は、相当誇張的表現をとつてはいるが、右に述べたところや前記4(三)に列挙した右記載についての諸根拠からみると、被告人が、本件当時『AF-2』は右にみたような意味合いをも含めて有害であると(前述のように、自己の仕事一般についての一抹の不安感は基底に持ちつつも。)確信していたことは、疑いの余地のないところであると認められる。また、その根拠とするところも、前記(二)にみたとおり、客観的には確実なものとまで評価することはできないが、一応もつともだと思われるような面もないではなく、本件各著書中の『AF-2』の記載部分からすると、被告人は『AF-2』の半数致死量が微量であることを主たる根拠として、『AF-2』の有害性を論じているようであるが、前にみた被告人の自然科学面の知識の水準からすると、被告人としては真実それが主たる根拠となりうると確信していたとしても、ふしぎではない。」

とし、  

「したがつて、被告人が、本件「AF-2」についての記載について、根拠欠如認識をもつていたとは認めることができず、この点については証明が十分でないといわざるをえない。」

 

として、被告人は、客観的には虚偽の風説を流布し上野製薬の業務を妨害したものと認められるが、故意の点についての証明が十分でなく、被告人を無罪としています。

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