犯行発覚を防ぐための持ち去り

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弁護士の佐藤です。

 

本日はかなり冷え込むようで・・・。

年を重ねれば重ねるほど、寒さに弱くなっていくような気がしております。

 

さて、本日も刑法に関する判例をご紹介します。

先日、不法領得の意思についてお話しましたが、本日も不法領得の意思の有無が問題となった事案です。

どういう事案かといいますと、被告人ら3名が共謀のうえ、自己らの雇主を殺害し、その直後殺害現場で被害者着用の背広ポケットから現金を奪ってこれを分配するとともに、被害者が身につけていた腕時計及び指輪等の貴金属類についても、後日被害者の身元判明の手がかりとなって自己らの犯行が発覚することをおそれてこれを死体から剥ぎ取って袋に収めておき、約11時間後に死体と一緒にこの袋を車に積み込んでこれらの投棄に出発し、それから約4時間後に死体を山林の土中に埋めたのですが、貴金属類の袋については捨て忘れたまま帰ってきてしまい、そのことに気付いた被告人らが内1名にこれの投棄を委ねたところ、その者が後に気が変わって他の被告人らに無断で質入れしてしまったというものです。

被告人ら3名につきいずれも、殺人罪及び死体遺棄罪のほか、現金のみならず腕時計及び指輪についても、これらを死体から剥ぎ取った時点で窃盗罪が成立するとして起訴されました。

 

これに対し、犯行発覚を防ぐために貴金属を取り去ったのであるから、不法領得の意思がないのではないかというのが争点です。

 

この点、東京地方裁判所昭和62年10月6日判決は、まず、

「窃盗罪が成立するためには、他人の占有を奪取する時点において、行為者に不法領得の意思が存在することが必要であり、判例(大判大正四年五月二一日刑録二一輯六六三頁、大判昭和九年一二月二二日刑集一三巻一七八九頁、最判昭和二六年七月一三日刑集五巻一四三七頁参照)によれば、不法領得の意思とは、「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」をいうと解されている。この点につき、検察官は、不法領得の意思とは所有者ないし正当な権限を有する者として振る舞う意思を指し、判例のいう「経済的用法」の要件はその典型的な場合をいうのであつて、右文言に拘泥したり、これを厳密に解すベきではない旨主張している。たしかに、文字どおりの意味での「経済的用法」である必要はないと解されるが、そもそも不法領得の意思が判例上必要とされるに至つた理由が、前記引用の判例によつても明らかなように、一つには毀棄・隠匿の目的による占有奪取の場合を窃盗罪と区別するためであることや、刑法が窃盗罪と毀棄罪の法定刑に差を設けている主たる理由は、犯人の意図が物の効用の享受に向けられる行為は誘惑が多く、より強い抑止的制裁を必要とする点に求めるのが最も適当であることを考えると、不法領得の意思とは、正当な権限を有する者として振る舞う意思だけでは足りず、そのほかに、最少限度、財物から生ずる何らかの効用を享受する意思を必要とすると解すべきである(なお、検察官の指摘する最判昭和三三年四月一七日刑集一二巻一〇七九頁も、被告人が投票用紙を同用紙として利用する意思であつたことを重要な事実として判示している。)。さらに、検察官は、窃盗罪と毀棄罪の区別は必然的に占有の奪取を伴うか否かによるべきであるとして、本件の場合、腕時計及び指輪の占有を被害者から奪つて完全に自己の支配下に置き、死体との関連性を消してしまうことを目的としていたのであつて、単なる腕時計及び指輪の物理的損壊あるいはその効用の滅失という目的を越えた積極的目的が存し、恒久的な占有の奪取が不可欠の要素となつているから、窃盗罪で問擬すべきであると主張する。しかし、被告人らにおいて恒久的な占有の奪取が不可欠であると認識していたとしても、さきにみた何らかの効用を享受する意思があることにならないことは明らかである。検察官の主張は、不法領得の意思の構成要素を減縮したうえで、不法領得の意思とは別個の基準を加えて窃盗罪と毀棄罪を区別しようとするもので、それ自体一個の見解ではあるが、判例の立場にも合理性が認められる以上、採用することができない。」

とした上で、本件については、

「被告人三名は、前記のとおりDを殺害後の三月一七日の午後二時ころ、同人の背広ポケットから現金を窃取したり同人の死体をダンボール箱に梱包したりしたが、その際、犯行が発覚しないように腐敗しない貴金属類を死体から剥がして死体とは別の場所に投棄することに意思を相通じたうえ、腕時計及び指輪等を被害者の死体から剥がしてビニール袋に入れておき、これを翌一八日午前一時ころ、死体を自動車に積む際に一緒に積み込んで死体を埋める場所に向かつた。ところが、死体の遺棄に気を取られていたためか、貴金属類を入れたビニール袋についてはこれを捨て忘れたまま帰つて来てしまい、このことに気付いた被告人らは、被告人Cにこれの投棄を委ね、同被告人において、折りを見て捨てるつもりでスナック「○○」二階の洋服ダンスの中に入れて保管していた。しかし、昭和六〇年三月二一日ころ、被告人Cは、交際中のE子から金の無心を受けたこともあつて、腕時計については捨てるのをやめ、これを同日E子に渡し三〇万円で質入れさせた。指輪についても、被告人Cは、いずれ換金しようと考えるようになつて保管を続けていたところ、同年四月七日ころ、友人のFから質に入れると足がつくと忠告されたので、同人に対し投棄してくれるよう依頼して渡した。被告人A及び同Bにおいては、腕時計及び指輪は被告人Cが捨てているものと考えていた。」

とし、さらに、

「被告人らは犯行の発覚を防ぐため腕時計等を投棄しようとしてこれらを死体から剥がし、予定どおり投棄に赴いており、その間被告人らが腕時計等の占有を約一一時間にわたり継続したのも専ら死体と一緒に運ぶためであつて、場合によつてはこれらを利用することがありうると認識していたわけでもないから、被告人らには、未必的にせよ腕時計等から生ずる何らかの効用を享受する意思があつたということはできない。本件においては、その後、被告人Cによつて腕時計が質入れされる等の事態に至つているが、被告人らが腕時計等の占有を完全に取得した以後の段階において、その効用を享受する意思が生ずるに至つたとしても、遡つて占有奪取時における主観的要件を補完するものでないことはいうまでもない。結局、本件では、被告人らが腕時計等の占有を取得した時点においては、不法領得の意思を認めることはできない。」

 

とし、結論として、

「以上によれば、被告人らの行為は、器物毀棄罪等の別罪を構成するかどうかはともかく、窃盗罪を構成するものではないと解するのが相当である。」

 

としました。

 

窃盗罪に不法領得の意思が必要か否かについては、学説上色々な学説があるところですが、不法領得の意思の問題は、一時使用の限界づけのほか窃盗罪と毀棄罪との境界の線引きの問題として、根本的には本判決も指摘するように、窃盗罪が毀棄罪に比べ重く処罰される根拠をどこに見出すかという問題といわれています。

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