法廷メモ採取事件

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弁護士の佐藤です。

 

明日は休みです。

 

山の日です。

 

山の日って・・・・・・何?

 

まあ、休みはありがたいことです。

 

さて、本日も憲法判例に関するお話しですが、前回、報道の自由についてお話ししましたが、報道の自由がある以上、取材の自由もあるのであり、最高裁は、前回ご紹介した判例で、「報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値する」と述べるにとどまっているものの、学説上では、取材の自由も報道の自由の一環として憲法21条により保障されると考えられています。

 

 

そして、本日ご紹介する判例は、法廷メモ採取事件というもので、今では考えられませんが、昔は、法廷内で、傍聴人がメモを取る行為を認めるか否かは、裁判長の法廷警察権に属する自由裁量事項とされ、なんと一般に禁止されていました。

 

この一般に禁止されているメモ採取行為が、憲法21条との関係で許されるのかというのが、上記判例の争点です。

 

まず、メモをとることについて、最高裁平成元年3月8日判決は、「 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできないが、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、筆記行為の自由は、憲法二一条一項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない。」

 

としたうえで、

 

「裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、傍聴人は法廷における裁判を見聞することができるのであるから、傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。」

 

としました。

 

そして、

 

「これを傍聴人のメモを取る行為についていえば、法廷は、事件を審理、裁判する場、すなわち、事実を審究し、法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、裁判官及び訴訟代理人が全神経を集中すべき場であつて、そこにおいて最も尊重されなければならないのは、適正かつ迅速な裁判を実現することである。傍聴人は、裁判官及び訴訟関係人と異なり、その活動を見聞する者であつて、裁判に関与して何らかの積極的な活動をすることを予定されている者ではない。したがつて、公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べれば、はるかに優越する法益であることは多言を要しないところである。してみれば、そのメモを取る行為がいささかでも法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、それが制限又は禁止されるべきことは当然であるというべきである。適正な裁判の実現のためには、傍聴それ自体をも制限することができるとされているところでもある」

 

としながらも、

 

「それにもかかわらず、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものということができる。」

 

と結論付けました。

 

まあ、当たり前といえば当たり前の判断で、何より、メモをとることを禁止していた裁判所の体質に驚きですね。

 

ちなみに、先日、わたしが担当する事件と関連する事件を傍聴しにいった際、わたしはパソコンでメモをとっていたのですが、打つ音がうるさいと裁判官からなんか言われたかもしれませんね・・・。

 

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