東大ポポロ事件

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弁護士の佐藤です。

今週もはじまりました。

 

ついでに、オリンピックもはじまりました~。

 

年々オリンピックに興味がなくなりつつあるのはなぜなんでしょ。

 

それと、なんといっても、喜ばしいニュースがイチローさんの3000本安打達成!!

 

本当に異次元。

 

感動的でしたね。

 

 

さて、前回までは憲法20条に関する判例をみてきましたが、本日は憲法23条、学問の自由とよばれる権利です。

 

そのまんまですが、憲法23条は、

 

学問の自由は、これを保障する

 

と規定しています。

 

この学問の自由を保障する趣旨は、まず、国家権力が、学問研究、研究発表等の学問的活動とその成果について、それを弾圧し、あるいは禁止することを許さないとともに、教育機関において学問に従事する研究者に職務上の独立を認め、その身分を保証することを意味します。

 

ところで、この学問の自由、上記趣旨からすると教育機関側の権利のように思われますが、例えば、大学の学生との関係はどのように考えられるのでしょうか。

 

この点、学生をもっぱら営造物の利用者としてとらえる考え方もありますが、下級審判例では、大学における不可欠の構成員として、大学自治の運営について要望し、批判し、あるいは反対する権利を有する(仙台高裁昭和46年5月28日判決)という考え方が指示されています。

 

 

そして、この学生と大学の自治が問題となった判例として有名なのが、東大ポポロ事件です。

 

この判例も古く、学生運動が盛んだった時代ですが、事案は、東大の学生団体「ポポロ劇団」主催の演劇発表会が東大内の教室で行われている途中で、観客の中に私服警察官がいることを学生が発覚し、警察官に対して警察手帳の呈示を求めた際に暴行があったとして、暴力行為等処罰に関する法律で起訴されたというものです。

 

この点、1審、控訴審とも、学内の秩序がみだされるおそれのある場合でも、それが学生、教員の学問活動及び教育活動の核心の関連を有するものである限り、大学内の秩序の維持は、緊急やむを得ない場合を除いて、第1次的には大学学長の責任において、その管理のもとに処理され、その自立的措置に任せられなければならないといい、被告人の行為を正当防衛として無罪判決を下しました。

 

 

ところが、最高裁昭和38年5月22日判決は、まず、学問の自由と学生の関係については、

 

「大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その桔呆の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によつて自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのてのる。もとより、憲法二三条の学問の自由は、学生も一般の国民ど同じように享有する。しかし、大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。」

 

とし、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果とし、

 

「大学における学生の集会も、右の範囲において自由と自治を認められるものであつて、大学の公認した学内団体てあるとか、大学の許可した学内集会であるとかいうことのみによつて、特別な自由と自治を享有するものではない。学生の集会が真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当る行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないといわなければならない。また、その集会が学生のみのものでなく、とくに一般の公衆の入場を許す場合には、むしろ公開の集会と見なされるべきであり、すくなくともこれに準じるものというべきである。」

 

との基準をもうけたうえ、

 

事実認定として、

 

 

「本件のA演劇発表会は、原審の認定するところによれば、いわゆる反植民地闘争デーの一環として行なわれ、演劇の内容もいわゆる松川事件に取材し、開演に先き立つて右事件の資金カンパが行なわれ、さらにいわゆる渋谷事件の報告もなされた。これらはすべて実社会の政治的社会的活動に当る行為にほかならないのであつて、本件集会はそれによつてもはや真に学問的な研究と発表のためのものでなくなるといわなければならない。また、ひとしく原審の認定するところによれば、右発表会の会場には、B大学の学生および教職員以外の外来者が入場券を買つて入場していたのであつて、本件警察官も入場券を買つて自由に入場したのである。これによつて見れば、一般の公衆が自由に入場券を買つて入場することを許されたものと判断されるのであつて、本件の集会は決して特定の学生のみの集会とはいえず、むしろ公開の集会と見なさるべきであり、すくなくともこれに準じるものというべきである。そうして見れば、本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動であり、かつ公開の集会またはこれに準じるものであつて、大学の学問の自由と自治は、これを享有しないといわなければならない。したがつて、本件の集会に警察官が立ち入つたことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない。」

 

として、破棄差し戻しとなりました。

 

 

しかし、この最高裁判例には、警察官が長期にわたる情報収集活動の一環として行われたものであることを考慮していないこと、学問的活動か政治的活動かの区別は極めて困難な場合がすくなくないこと、等から批判が多い判例です。

 

警備公安活動が、治安維持の名目で自由な学問研究が阻害されるおそれが高いことから、やはり、警備活動のために警察官が大学の了解なしに学内に立ち入ることは原則として許されないと考えるべきであり、その点になんらふれなかった上記最高裁判例は残念というべきですね。

 

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