村八分と脅迫罪

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弁護士の佐藤です。

 

さて、本日も刑法に関する判例のうち、脅迫罪の成否が問題となった判例をご紹介しますが、本日は、村八分にするという言葉が脅迫罪にいう害悪の告知といえるかどうかが争われた事案です。

 

村八分という言葉をもしかしたら若い方は知らないかもしれませんが、村落(村社会)の中で、掟や秩序を破った者に対して課される制裁行為であり、一定の地域に居住する住民が結束して交際を絶つことをいいます。

この点に関し言及した判例が、大阪高等裁判所昭和32年9月13日判決です。

 

上記高等裁判所は、村八分にするという言動について、

 

「さて一定地域の居住者が集団社会を形成し、朝夕寒暑の挨拶をかわし、吉凶瓦い慶弔し、相互依存の協同生活を営むことは、人間本来の常態ということができるが、他人と交際すると否とは個人の自由に属し、従来結んできた交際を絶つことを決意し、これを相手方に通告したからといつて、それだけで違法行為として刑事責任を問われることは決してない。しかしながら、その地域における多数者が結束して、特定の一人又は数人に対し将来一切の交際を絶つべきこと、いわゆる村八分の決定をし、これを通告することは、それらの者をその集団社会における協同生活圏内から除外して孤立させ、それらの者のその圏内において享有する、他人と交際することについての自由とこれに伴う名誉とを阻害することの害悪を告知することに外ならないのであつて、それらの者に集団社会の平和を乱し、これに適応しない背徳不正不法等があつて、この通告に社会通念上正当視される理由があるときは格別しからざる限り、刑法第二二二条所定の脅迫罪の成立を免れないのである。そしてそれが脅迫罪となるには、地域を基本とする集団社会から、特定の一人又は数人を除外して孤立させることについて、多数者が意思を共通にして、その通告をすれば足りるのであつて、その集団社会の地域の広狭、居住者の多寡によつて、犯罪の成立が左右されるものではない。本件のような農林産部落あるいわ隣保は、その地域は必ずしも広くはなく又居住者も多くはないが、その居住者による集団社会の交際関係は却つて緊密度が高く、このような関係から除外されることから受ける補記自由及び名誉に対する脅威は、より深いものがあるということができる。従つてこの協同生活圏内から徐外する旨の通告が、少数者間に行われたということだけで、脅迫罪の成立を否定する理由とするには足らないのである。」

 

としました。

 

そして、本件については、

 

 

「本件通告は、それに先立ち公会堂の役員会議の出席者間において、・・・・ら五名の行つた仮処分執行に対する報復として、同人ら及びその家族を里組居住者の大部分を占める組合員との交際関係から除外すること、その通告には右五名の属する隣保内の役員又は隣保員らが共同して当ることに意見が一致し、その結果その各隣保員らによつて微温的言動のみならず、組合員全員の交際関係を絶つ趣旨その他は隣保内の交際関係を絶つ趣背のものであつたこと前詳記のとおりである。そして右五名が前記仮処分の執行をしたからといつて、それを不正、不法として集団生活圏内から排除される理由はなく、右処置に対抗するには法的手段に訴える等の方策によるべきであるのに、これに対する報復として共同絶交を通告することは社会通念上正当であるとは認められない。従つて本件通告が脅迫罪を構成することはきわめて明らかであつて、通告の用語又は態度が微温的であつたからといつて、その成立を妨げるものではない。そして公会堂の役員会議に参加した被告人らは、右五名ら所属隣保の役員又は隣保員らが共同して各通告を実存することを共謀したのであり、各通告の実行に当らなくても、全部の共同通告行為に対し、共犯者としての責任があり、又その会議に参加しなくても、各通告に加担した被告人らはそれぞれの通告行為に対し、いずれも犯罪実行者としての責任があるものといわなければならない。これを法律に照らせば、後者は暴力行為等処罰に関する法律第一項の数人共同して刑法第二二二条の罪を犯した者に、前者はその共同正犯者に該当するのである。しかるに原判決が、公会堂における会合では、出席者の漠然とした話し合いがあつたに止まり、一致した意見として組合員を拘束するような申し合わせ又は決議が行われたことは認められず、その後においても各隣保においてその決議に基き、これに従う趣旨の申し合わせが行われたこともなく、従つて川上繁一ら五名に対するその所属隣保員による絶交の通告は、同人ら五名をその隣保の交際から除外する趣旨であつたものと認められ、このような近隣一〇軒位の者の間に行われた共同絶交の通告は、個人間の絶交通告と同様に、何ら罪とならないとしたのは、事実を誤認し且つ法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。」

 

としました。

 

昭和30年代のもので、現代社会ではなかなかイメージしづらいもので、現在このような問題が起こった場合に、同様の判断がでるかは疑問ですね。

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