昨日の夕刊から

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弁護士の佐藤です。

 

木曜です。

 

雨です。

 

桜が散る・・。

 

 

で、昨日の夕刊で、福岡高等裁判所宮崎支部は、九州電力川内原発1,2号機の周辺住民等が再稼働差し止めを求めた仮処分申立の即時抗告審で、「原発の新規制基準は不合理とはいえない」として住民側の抗告を棄却し、仮処分の申立を退けました。

 

これにより、審理は最高裁の判断に委ねられることになりそうですが、非常に残念なニュースであり、東日本大震災の教訓が生きていないものといえます。

 

原発は、100%安全といえない限り稼働すべきではありません。住民は故郷を失うからです。

 

そして100%安全ということは断言できないことは福島が物語っています。

 

したがって、日本にある、または世界にある原発は廃炉にするほかなく、世界は新しいエネルギー源で生活をすべき時代です。

 

裁判所のこの非常識な感覚には遺憾としかいいようがありません。

 

そのニュースと同時に、静岡新聞には、大地震の県民の意識が低下しており、県の調査で大規模地震への関心、認知度について「非常に関心がある」と答えた割合が36.8%で、前回に比べ16%も減少したとのことです。

 

これにも非常に驚かされました。

 

かならずやってくるといわれる大震災について、損害が生じることはさけられません。課題はその損害をいかに最小限におさえられるかということです。県民の関心が下がるというのであれば、災害の予防、対策も手薄になり、ひいては損害が拡大することにもなりかねます。

 

さらに、原発への危険生の認識が薄れていくことも懸念されます。静岡にも浜岡原発があり、さきほど述べた理由により、廃炉へ向けた活動をすべきだとわたしは思っております。

 

実現するためには、世論の後押しが当然重要になります。

 

したがって、この県民調査結果には、わたしはある意味怖さを感じました。

 

福島での悲劇を風化させてはいけないと改めて感じております。

 

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