日曜日授業参観事件

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弁護士の佐藤です。

 

火曜日です。

 

夏バテです。

 

 

さて、本日も信教の自由に関するお話しですが、本日と次回は、学校の授業等と信教の自由の関係性にまつわる判例のご紹介です。

 

本日ご紹介する判例は、日曜日授業参観事件といわれているものです。

事案は、牧師である両親の主宰する教会学校に出席したため、日曜日に行われた公立小学校の参観授業に欠席した児童2人と両親が、指導要録への欠席記載処分の取り消しと損害賠償を求めて争った事件です。

 

これは東京地裁昭和61年3月20日判決ですが、

 

まず、信仰の自由と教育の関係については、「公教育上の特別の必要性がある授業日の振替えの範囲内では、宗教教団の集会と抵触することになつたとしても、法はこれを合理的根拠に基づくやむをえない制約として容認しているものと解すべきである。このように、国民の自由権といつても、それが内心にとどまるものではなく外形的行為となつて現れる以上、法が許容する合理的根拠に基づく一定の制約を受けざるをえないことについては信仰の自由も例外となるものではないと解される。」

 

とし、

 

原告の教育基本法九条を根拠に、公教育の担当機関は宗教教育に対する特別の配慮をすべき義務があり、宗教教育に参加する者に対して公教育上の授業に出席を強制する結果となるような授業日の振替えをしてはならず、宗教教育を受けるために授業に出席しなかつた者に対して少なくとも欠席の扱いをとるべきではないとの主張に対しては、

 

判決は、

 

「教育基本法九条一項は、宗教に関する寛容の態度と並べて宗教の社会生活における地位を教育上尊重すべきことを規定しているが、その趣旨とするところは、宗教が人間性を培う上で重要な役割を果す契機の一つであるにもかかわらず、その重要性の認識がともすれば日常生活の利害の追求の中で稀薄化し、なおざりにされる恐れがあることに鑑みて、人格の完成をめざし国家及び社会の形成者としての資質を育成しようとする教育の目的(教育基本法一条参照)的見地から、社会生活における宗教の地位の尊重について配慮を促したものと理解される。したがつて、右規定は宗教的活動の自由に教育に優先する地位を与えたり、その価値に順序づけをしようとするものではなく、政治的教養(その涵養に必要な活動を含む)の尊重(同法八条一項)をうたうのと同様の趣旨に出たものにほかならない。それゆえ、この規定から、日曜日の宗教教育が本件授業の実施に優先して尊重されなければならないものと根拠づける原告らの主張は採用できないものと言わなければならない。まして公教育の担当機関が、児童の出席の要否を決めるために、各宗教活動の教義上の重要性を判断して、これに価値の順序づけを与え、公教育に対する優先の度合を測るというようなことは公教育に要請される宗教的中立性(同法九条二項)に抵触することにもなりかねない。したがつて、原告らキリスト教の信仰者が日曜日には公教育に対する出席義務から解放されて自由に教会学校に出席する(させる)ことができるという利益が憲法上保護されるべき程度も、先に述べた公教育上の特別の必要がある場合に優先するものではなく、本件欠席記載を違法ならしめるものではないというべきである。」

 

として、結論として原告の請求を却下ないし棄却しました。

 

結局は学校行事の重要性と原告が受ける不利益が重大か軽微かの利益衡量によって決まるものだと思うし、この結論は妥当だと私自身は思っております。

 

そして、次回ご紹介する判例は、まさに、この不利益がの大きさが問題となった事案をご説明します。

 

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