承継的共同正犯と刑法207条

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弁護士の佐藤です。

 

さて、本日も刑法に関する判例を見ていきますが、承継的共同正犯と刑法207条の関係が問題となった判例をご紹介します。

 

前提として、承継的共同正犯とは、承継的共同正犯とは、先行者が既に実行行為の一部を行い、その実行行為が終了する前に後行者が共同実行の意思を持って実行行為に参加する場合をいいい、先行者による実行行為の結果を後行者が責任を負うかについては学説は分かれており、全面肯定説、全面否定説、限定肯定説と大まかに3つあります。

 

詳しい学説の検討はおいといて、本日紹介する事案は、AがB,Cと共謀の上、被害者に暴行を加え傷害を負わせたところへ被告人が現れ、事態の成り行きを察してAらによる暴行・傷害の認識、認容しながらこれに加担する意思で暴行を加えました。その後、さらにBが暴行を加えています。第1審は、被告人に対し、傷害罪の共同正犯の成立を肯定しました。つまり、傷害の結果も被告人に負わせました。

 

これに対し、逆の判断をしめしたのが、控訴審である大阪高等裁判昭和62年7月10日判決です。

上記高裁判決は、まず承継的共同正犯について、

 

「一般に、先行者の犯罪にその途中から共謀加担した後行者に対し加担前の先行者の行為及びこれによつて生じた結果(以下、「先行者の行為等」という。)をも含めた当該犯罪全体につき共同正犯の刑責を問い得るのかどうかについては、これをすべて否定する見解(所論及び弁護人の当審弁論は、この見解を採る。以下「全面否定説」という。)や、後行者において、先行者の行為等を認識・認容して一罪の一部に途中から共謀加担した以上常に全体につき共同正犯の刑責を免れないとする見解(検察官の当審弁論の見解であり、原判決もこれによると思われる。以下「全面肯定説」という。)もあるが、当裁判所としては、右いずれの見解にも賛同し難い。右のうち、全面否定説は、刑法における個人責任の原則を重視する見解として注目に値するが、後行者において、先行者の行為等を認識・認容するに止まらず、積極的にこれを自己の犯罪遂行の手段として利用したと認められる場合には、先行者の行為等を実質上後行者の行為と同視し得るというべきであるのに、このような場合まで承継的共同正犯の成立を否定する見解は、妥当でないと考えられる。他方、全面肯定説は、実体法上の一罪は、分割不可能な一個の犯罪であるから、このような犯罪に後行者が共謀加担したものである以上、加担前の先行者の行為等を含む不可分的全体につき当然に共同正犯の成立を認めるほかないとする点に論拠を有すると考えられる。右見解が、承継的共同正犯の成立を実体法上の一罪に限定する点は正当であり、また、実体法上の一罪の中に分割不可能なものの存することも明らかなところであるが、実体法上一罪とされるものの中にも、これを構成する個々の行為自体が、形式的にはそれぞれ一個の構成要件を充足するものであるけれども、実質的にみてその全体を一個の構成要件により一回的に評価すれば足りるとして一罪とされるもの(接続犯、包括一罪等)があることを考えると、実体法上の一罪のすべてが絶対に分割不可能であるということは、独断であるといわなければならない。しかも、右見解においては、たとえ分割不可能な狭義の単純一罪に加担した場合であつても、後行者が先行者の行為等を認識・認容していたに止まるのであれば、何故に、先行者の行為による結果についてまで後行者に刑責を問い得るのかについての納得し得る説明がなされていない。」

とし、

「思うに、先行者の犯罪遂行の途中からこれに共謀加担した後行者に対し先行者の行為等を含む当該犯罪の全体につき共同正犯の成立を認め得る実質的根拠は、後行者において、先行者の行為等を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したということにあり、これ以外には根拠はないと考えられる。従つて、いわゆる承継的共同正犯が成立するのは、後行者において、先行者の行為及びこれによつて生じた結果を認識・認容するに止まらず、これを自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上の一罪(狭義の単純一罪に限らない。)を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した場合に限られると解するのが相当である。」

 

という判断を示しました。

 

そして、

「例えば、『暴行又ハ脅迫』により被害者の反抗を抑圧した状態に置き、その所持する財物を「強取スル」ことによつて成立する強盗罪のように、一罪であつても一連の行為により一定の結果を発生させる犯罪(強姦、殺人等についても同様である。)については、後行者が、先行者の行為等を認識・認容して犯行に共謀加担すれば(例えば、先行者が強盗目的で暴行中、自らも同様の目的で右暴行に加わり、あるいは、反抗抑圧の結果を生じた段階でこれに加わつて、自ら金品を強取するなど)、多くの場合、先行者の行為等を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したと認めるのが相当であるといい得るから、これらの犯罪については、当裁判所の見解によつても、全面肯定説によつた場合と(特異な場合を除き)おおむね結論を異にしないと考えられる。しかし、例えば、先行者が遂行中の一連の暴行に、後行者がやはり暴行の故意をもつて途中から共謀加担したような場合には、一個の暴行行為がもともと一個の犯罪を構成するもので、後行者は一個の暴行そのものに加担するのではない上に、後行者には、被害者に暴行を加えること以外の目的はないのであるから、後行者が先行者の行為等を認識・認容していても、他に特段の事情のない限り、先行者の暴行を、自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したものと認めることができず、このような場合、当裁判所の見解によれば、共謀加担後の行為についてのみ共同正犯の成立を認めるべきこととなり、全面肯定説とは結論を異にすることになる。なお、検察官の当審弁論の援用する各判例は、おおむね、後行者において、先行者の行為等を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思で加担し、現にこれをそのようなものとして利用していると認め得る事案に関するものであり、当裁判所の見解と正面から対立するものではない。」

とし、さらに、

 

「前示の認定によれば、被告人は、・・組事務所一階応接室へ現われた段階で、同室内におけるCらの行動や被害者Dの受傷状況、更にはF女の説明などにより、事態の成行きを理解し、同室内におけるCらのDへの暴行及びこれによる同人の受傷の事実を認識・認容しながら、これに途中から共謀加担したものといい得る。しかし、前示のような暴行罪そのものの性質、並びに被告人がDに対し現実にはその顎を二、三回突き上げる程度の暴行しか行つていないことからみて、被告人が先行者たるCらの行為等を自己の犯罪遂行の手段として利用する意思であつたとか、これを現実にそのようなものとして利用したと認めることは困難である。従つて、本件において、被告人に対しては、Cらとの共謀成立後の行為に対して共同正犯の成立を認め得るに止まり、右共謀成立前の先行者の行為等を含む犯罪全体につき、承継的共同正犯の刑責を問うことはできないといわざるを得ない。」

 

とし、

「本件においては、被害者Dの原判示各傷害は、同人方居室内、タクシー内及び・・組事務所内におけるC、B、Eらによる一連の暴行によつて生じたものではあるが、一連の暴行のうち、被告人の共謀加担後に行われたと証拠上認定し得るものは、被告人による顎の突き上げ(二、三回)及びBによる顔面殴打(一回)のみであつて、Dの受傷の少なくとも大部分は、被告人の共謀加担前に生じていたことが明らかであり、右加担後の暴行(特にBの顔面殴打)によつて生じたと認め得る傷害は存在しない。そうすると、被告人に対しては、暴行罪の共同正犯が成立するに止まり、傷害罪の共同正犯の刑責を問うことはできない。」

 

として、傷害罪ではなく、暴行罪の共同正犯にとどめました。

 

そして、上記高裁判決は、さらに、刑法207条の同時傷害罪の規定との関係については、

 

「右のような当裁判所の結論に対しては、刑法二〇七条のいわゆる同時傷害罪の規定との関係で、異論があり得るかと思われるので、以下、若干の説明を補足する。」

とし、

「例えば、甲の丙に対する暴行の直後乙が甲と意思の連絡なくして丙に暴行を加え、丙が甲、乙いずれかの暴行によつて受傷したが、傷害の結果を生じさせた行為者を特定できない場合には、刑法二〇七条の規定により、甲、乙いずれも傷害罪の刑責を免れない。これに対し、甲の暴行終了後乙が甲と共謀の上暴行を加えた場合で、いずれの暴行による傷害か判明しないときには、前示のような当裁判所の見解によれば、乙の刑責が暴行罪の限度に止まることになり、甲との意思連絡なくして丙に暴行を加え同様の結果を生じた場合と比べ、一見均衡を失する感のあることは、これを否定し難い。」

 

としましたが、

 

「刑法二〇七条の規定は、二人以上で暴行を加え人を傷害した場合において、傷害を生じさせた行為者を特定できなかつたり、行為者を特定できても傷害の軽重を知ることができないときには、その傷害が右いずれかの暴行(又は双方)によつて生じたことが明らかであるのに、共謀の立証ができない限り、行為者のいずれに対しても傷害の刑責を負わせることができなくなるという著しい不合理を生ずることに着目し、かかる不合理を解消するために特に設けられた例外規定である。これに対し、後行者たる乙が先行者甲との共謀に基づき暴行を加えた場合は、傷害の結果を生じさせた行為者を特定できなくても、少なくとも甲に対しては傷害罪の刑責を問うことができるのであつて、刑法の右特則の適用によつて解消しなければならないような著しい不合理は生じない。従つて、この場合には、右特則の適用がなく、加担後の行為と傷害との因果関係を認定し得ない後行者たる乙については、暴行罪の限度でその刑責が問われるべきこととなるのであつて、右結論が不当であるとは考えられなしもつとも、本件のように、甲の暴行終了前に乙がこれに共謀加担し、丙の傷害が、乙の共謀加担の前後にわたる甲の暴行によつて生じたと認められる場合には、乙の共謀加担後の甲、乙の暴行とその加担前の甲の暴行とを、あたかも意思連絡のない二名(甲及び甲)の暴行と同視して、刑法二〇七条の適用を認める見解もあり得るかと思われ、もし右の見解を肯認し得るものとすれば、本件においても、同条の規定を媒介とすることにより、被告人に対し傷害罪の刑責を問う余地は残されていることになる。しかしながら、右のような見解に基づき被告人に傷害罪の刑責を負わせるためには、その旨の訴因変更(予備的変更を含む。)手続を履践して、事実上・法律上の論点につき被告人に防禦を尽くさせる必要のあることは当然であると解せられるところ、本件においては、検察官は、かかる訴因変更の請求をしていないし、また、本件が、訴因変更を促し又は命ずる義務があるとされるような事案でないことも明らかであると考えられる。従つて、本件においては、右訴因変更手続が履践されたことを前提として、被告人につき傷害罪が成立するか否かを論ずる実益はないから、これ以上立ち入らないこととする。」

と判示し、矛盾点について説明しております。

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