愛媛玉串料訴訟

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弁護士の佐藤です。

 

さて、本日も前回に続き、政教分離に関する判例を紹介しますが、前回の判例が合憲であったのに対し、今回の判例は、違憲の判断となった貴重な判例です。

 

事件は、愛媛玉串料訴訟とよばれているもので、事案は、愛媛県知事の靖国神社・県護国神社に対する玉串料等(22回にわたり計16万6000円)の支出を争った住民訴訟です。

 

1審では違憲、控訴審では合憲の結論とわかれていたものです。

 

そして、最高裁は、まず、判断基準については、前回同様、

 

「憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そして、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。」

 

と、目的効果基準という比較的ゆるい基準を用いたものの、

 

「県が本件玉串料等靖國神社又は護國神社に前記のとおり奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖國神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、憲法二〇条三項の禁止する宗教的活動に当たると解するのが相当である。」

 

とし、前回の津地鎮祭事件とは真逆の判断をしました。

 

同じ基準をもちいながら、2つの判例で結論がわかれたのは、当然、宗教の行為、意義がことなるからです。

 

愛媛県が本件支出をして玉串料等を奉納したことは、一般人がこれを社会的儀礼にすぎないものと評価しているとは考え難く、その奉納者においてもこれが宗教的意義を有するものであるという意識を持たざるを得えません。そうだとすると、その効果、影響においても、特定の宗教との結びつきがあるものと思わるということです。

 

玉串料という言葉自体、やはり、聞きなれないものだし、やはり、これは行き過ぎていると言わざるを得ないのでしょう。

 

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