思想良心の自由

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弁護士の佐藤です。

 

今週もあっというまの金曜日です。

 

明日は安倍川の花火大会です。

 

晴れそうなのでよかったですね。

 

 

さて、前回まで憲法14条に関するお話しをしてきましたが、本日は、憲法19条に関する判例をご紹介します。

 

憲法19条は、思想・良心の自由といわれているもので、

 

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない

 

と規定されています。

 

 

この憲法19条が問題となった有名な判例が、謝罪広告強制事件といわれているものです。

 

どういう事案かといいますと、民法には謝罪広告を命じる規定があり、

民法723条は

 

他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。

 

と規定されています。

 

そこで、事案ですが、衆議院選挙の際に、ある候補者Aが、他の候補者の名誉を毀損したとされたことで、Aは、裁判によって、民法723条にいう『他人の名誉を毀損した者に対して被害者の名誉を回復するに適当な処分』として、『右放送及び記事は真相に相違しており、貴下の名誉を傷つけ御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します』という謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを命ずる判決をうけました。この判決について、Aは、謝罪広告を新聞紙に掲載することを命じた判決は、謝罪を強制するもので、思想・良心の自由(憲法19条)に違反するとして提訴した事件です。

 

 

この点に関し、最高裁昭和31年7月4日判決は、

 

「民法七二三条にいわゆる『他人の名誉を毀損した者に対して被害者の名誉を回復するに適当な処分』として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは、従来学説判例の肯認するところであり、また謝罪広告を新聞紙等に掲載することは我国民生活の実際においても行われているのである。尤も謝罪広告を命ずる判決にもその内容上、これを新聞紙に掲載することが謝罪者の意思決定に委ねるを相当とし、これを命ずる場合の執行も債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴七三四条に基き間接強制によるを相当とするものもあるべく、時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することとなり、いわゆる強制執行に適さない場合に該当することもありうるであろうけれど、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあつては、これが強制執行も代替作為として民訴七三三条の手続によることを得るものといわなければならない。そして原判決の是認した被上告人の本訴請求は、上告人が判示日時に判示放送、又は新聞紙において公表した客観的事実につき上告人名義を以て被上告人に宛て『右放送及記事は真相に相違しており、貴下の名誉を傷け御迷惑をおかけいたしました。ここに陳謝の意を表します』なる内容のもので、結局上告人をして右公表事実が虚偽且つ不当であつたことを広報機関を通じて発表すべきことを求めるに帰する。されば少くともこの種の謝罪広告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる原判決は、上告人に屈辱的若くは苦役的労苦を科し、又は上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられないし、また民法七二三条にいわゆる適当な処分というべきであるから所論は採用できない。」

 

とし、合憲の判断をしめしました。

 

もっとも、この判決に対しては、反対意見がふされており、裁判官の一人は、

 

「国家が裁判という権力作用をもって、自己の行為を非行なりとする倫理上の判断を公に表現することを命じ、さらにこれにつき『謝罪』『陳謝』という道義的意思の表示を公にすることを命ずるがごときことは、憲法19条にいわゆる「良心の自由」をおかすものといわなければならない。けだし、憲法19条にいう『良心の自由』とは単に事物に関する是非弁別の内心的自由のみならず、かかる是非弁別の判断に関する事項を外部に表現するの自由並びに表現せざるの自由をも包含するものと解すべきであり、このことは、憲法20条の『信教の自由』についても、憲法はただ内心的信教の自由を保障するにとどまらず、信教に関する人の観念を外部に表現し、または表現せざる自由をも保障するものであって、往昔わが国で行われた『踏絵』のごとき、国家権力をもって、人の信念に反して、宗教上の観念を外部に表現することを強制するごときことは、もとより憲法の許さないところであると、その軌を一にするものというべきである。従って、本件のごとき人の本心に反して、事の是非善悪の判断を外部に表現せしめ、心にもない陳謝の念の発露を判決をもって命ずるがごときことは、まさに憲法19条の保障する良心の外的自由を侵犯するものであること疑を容れないからである」

 

として、違憲の判断をしめしています。

 

民法723条の事案を扱ったことがないのでなんともいえませんが、確かに、陳謝の意思がないのに、国家がそれを命じるということは思想良心の自由を侵害するように思えるし、被害の回復という意味では、やはり損害賠償や、民事事件の判決で解決をはかるべきではないかと思います。

 

 

それ以上の強制はなかなか難しいのではないでしょうか。

 

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