少年事件

003

本日、最後です。

 

あいかわらず、少年事件に悩み格闘しています。

 

で、判例を調べていたら、最高裁昭和58年10月26日の決定での裁判官団藤重光氏の補足意見。

 

ちょっと長いです。

 

「一 少年法(以下、法という。)は、刑事訴訟法とちがつて、少年の保護事件における事実の証明について詳細な規定を置いていない。それは、もともと単純な法の不備というようなものではなく、少年審判の本質と深いかかわりをもつのである。けだし、第一に、刑事事件においては、刑罰は犯罪に対して科されるのであつて、犯罪事実の証明は刑事処分に対して直接的な意味をもつのであるが、これに対して、少年保護事件においては、少年の要保護性に対応して保護処分が言い渡されるのであつて、非行事実(法三条一項各号参照)は、一号の犯罪事実にしても、少年の要保護性を基礎づける意味をもつ事実にすぎず、非行事実と保護処分との結びつきは要保護性を介しての間接的なものである。要保護性の認定のためには、非行事実の認定のほかに、家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所の鑑別などによる少年の素質・環境の全般にわたる立ち入つた調査が不可欠である。第二に、保護処分は、刑罰とちがつて、「少年の健全な育成」を期して、非行のある少年の「性格の矯正及び環境の調整」をはかるものである(法一条参照)。その点から、少年審判における非行事実については刑事裁判における犯罪事実の証明のような厳格な証明は必要でないという見方も成り立つであろうし、また、このような目的を達成するためには、本来、少年審判のすべてが家庭裁判所の合目的的な裁量にゆだねられるべきはずのものだともいえるであろう。これらのことは、アメリカにおける少年審判制度創設当時の福祉を主眼とする基本理念につながるものであり、少年審判制度の社会的機能とでもいうべき側面を現わすものである。現行少年法が少年保護事件についてこまかい証拠法的な規定を設けなかつたのは、このような趣旨によるものであつたと考えてよいであろう。
 しかし、これに対して、少年審判制度に少年の人権保障の観点を軸とする、いわば司法的機能の面がなければならないことが、従来の運用の反省の上に、やがて強く意識されるようになつて来たのは、当然の成行きであつた。一九六〇年代から一九七〇年代にかけてのアメリカの連邦最高裁判所の一連の判例は、まさしくこれを示すものであつたのであり、これはわが国における少年法の改正の方向づけの上ばかりでなく、現行少年法の解釈運用の上にも反省をせまるものである(団藤・「少年法改正の基本問題」判例時報六一七号三頁以下、同・「適正手続の理念について」刑法雑誌一八巻三・四号二三〇頁以下参照)。
 おもうに、保護処分(法二四条)は少年の健全な育成のための処分であるとはいえ、少年院送致はもちろん、教護院・養護施設への送致や保護観察にしても、多かれすくなかれなんらかの自由の制限を伴うものであつて、人権の制限にわたるものであることは否定しがたい。したがつて、憲法三一条の保障する法の適正手続、すくなくともその趣旨は、少年保護事件において保護処分を言い渡すばあいにも推及されるべきことは当然だといわなければならない(ちなみに、保護処分の決定をするばあいには―審判不開始・不処分その他の決定をするばあいも同様であるが―一定の物について没取の決定をすることができる。これは刑事裁判における附加刑としての没収に近似した性質をもち所有権剥奪の効果を伴うものであるから、没取の決定をするについては、この見地からも適正手続条項の適用が要請される。法二四条の二、少年審判規則三七条の三参照)。
 このように考えて来ると、少年保護事件における事実の証明に関して少年法が厳密な規定を置いていないことをもつて、すべてを家庭裁判所の自由な裁量にゆだねている趣旨と解することは、とうてい許されないのである。家庭裁判所の裁量は、右に述べたようなことをふまえての羈束された裁量であり、その措置が一定の限度を逸脱するときは、まさしく法令の違反になるものといわなければならない。わたくしは、このような要請は、ひとり適正手続条項からだけのものではなく、実に法一条の宣明する少年法の基本理念から発するものであると信じるのである。少年に対してその人権の保障を考え納得の行くような手続をふんでやることによつて、はじめて保護処分が少年に対して所期の改善効果を挙げることができるのである。
 以上は一般的な抽象論であるが、本件における問題点は、とくに否認事件において、非行事実の認定上重要な意味を有するものと認められる目撃者について、これを単に参考人(法八条二項、三〇条、少年審判規則一二条)として取り調べるだけで足りるか、証人(法一四条、少年審判規則一九条)として尋問しなければならないか、また、いずれのばあいにおいても、少年または附添人(ことに弁護士たる附添人)に立会いおよび反対尋問の機会をあたえないでよいかどうかである。わたくしは、少年審判においては、万事なるべく実質的に考えるべきものとおもう。したがつて、わたくしは、原則としては、かならずしも証人尋問の方式による必要はないものと解する。法が「参考人」の取調べを家庭裁判所が家庭裁判所調査官に命じて調査を行わせる関係だけで規定しているのは(法八条二項)、家庭裁判所調査官には証人尋問の権限がないからであるが、実務上は裁判官も参考人の形式で取調べをするばあいが多いようである。これは少年審判においては無用の形式性をなるべく避けるのが相当だからであり、これは重要な目撃者を取り調べるばあいであつても、かならずしも別異に考える必要はないとおもう。しかし、保護手続においても、証人尋問の形式によるばあいには、保護事件の性質に反しないかぎり刑事訴訟法の証人尋問の規定が準用されることになり(法一四条二項)、その結果、本人の出頭・供述が確保され、また、虚偽の供述が抑止されることになるのであつて、とくにそのような必要が認められるような事情があるときは、保護事件においても証人尋問の形式によることが法の要請だというべきである。次に立会いおよび反対尋問の関係では、参考人にせよ証人にせよ、重要な参考人・証人であるかぎり、少年ないし附添人から要求があるときは、すくなくとも実質的に充分にその機会をあたえる必要があるものと解しなければならない。憲法三七条二項の趣旨は、適正手続の内容の一部をなすものとして、少年保護事件にも実質的に推及されるべきものと考えるのである。」

 

です。

 

このお話をとある裁判所の裁判官に読んでもらいたい・・・。

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