寺西判事補戒告事件

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弁護士の佐藤です。

今週も金曜日です。

あさって、ついに39歳になってしまいます。

すんごい中途半端な歳・・・。

不惑といわれる40歳になるまでの一年、ちゃんと不惑になれるよう日々精進したいと思う所存です。

で、本日もはりいきって判例のご紹介をしますが、本日は、前回に続き、公務員と政治活動の自由についてです。

前回は郵便局員でしたが、本日は、判事補です。

事案は、寺西判事補戒告事件とよばれるもので、通信傍受法に反対する集会に参加し、「仮に反対の立場で発言しても積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する」旨発言した寺西判事補が、戒告処分とされ、その処分を争ったという事件です。

 

この点、平成10年12月1日最高裁判決は、「積極的に政治運動をすること」について、

「組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものが、これに該当すると解され、具体的行為の該当性を判断するに当たっては、その行為の内容、その行為の行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、その行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当である。」

と定義づけをしました。

次に、裁判官に積極的な政治運動を禁止したことについては、

「憲法二一条一項の表現の自由は基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として右自由を有することは当然である。しかし、右自由も、もとより絶対的なものではなく、憲法上の他の要請により制約を受けることがあるのであって、前記のような憲法上の特別な地位である裁判官の職にある者の言動については、おのずから一定の制約を免れないというべきである。裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約することにはなるが、右制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならず、右の禁止の目的が正当であって、その目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法二一条一項に違反しないというべきである。そして、右の禁止の目的は、前記のとおり、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにあり、この立法目的は、もとより正当である。」

とし、さらに、

「裁判官が積極的に政治運動をすることは前記のように裁判官の独立及び中立・公正を害し、裁判に対する国民の信頼を損なうおそれが大きいから、積極的に政治運動をすることを禁止することと右の禁止目的との間に合理的な関連性があることは明らかである。さらに、裁判官が積極的に政治運動をすることを、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず、かつ、積極的に政治運動をすること以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではない。他面、禁止により得られる利益は、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するなどというものであるから、得られる利益は失われる利益に比して更に重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。そして、「積極的に政治運動をすること」という文言が文面上不明確であるともいえないことは、前記1に示したところから明らかである。したがって、裁判官が『積極的政治運動をすること』を禁止することは、もとより憲法二一条一項に違反するものではない。」

としました。

さらに、本件の言動が積極的政治運動に当たるか否かいにつき、

「本件言動の裁判所法五二条一号該当性特定の法律を制定するか否かの判断は、国の唯一の立法機関である国会の専権に属するものであるところ、裁判官が、一国民として法律の制定に反対の意見を持ち、その意見を裁判官の独立及び中立・公正を疑わしめない場において表明することまでも禁止されるものではないが、前記事実関係によれば、本件集会は、単なる討論集会ではなく、初めから本件法案を悪法と決め付け、これを廃案に追い込むことを目的とするという党派的な運動の一環として開催されたものであるから、そのような場で集会の趣旨に賛同するような言動をすることは、国会に対し立法行為を断念するよう圧力を掛ける行為であって、単なる個人の意見の表明の域を超えることは明らかである。このように、本件言動は、本件法案を廃案に追い込むことを目的として共同して行動している諸団体の組織的、計画的、継続的な反対運動を拡大、発展させ、右目的を達成させることを積極的に支援しこれを推進するものであり、裁判官の職にある者として厳に避けなければならない行為というべきであって、裁判所法五二条一号が禁止している『積極的に政治運動をすること』に該当するものといわざるを得ない。」

としました。

もっとも、上記最高裁には、数名の反対意見があり、園部逸夫裁判官は、

「私は、裁判官が在任中積極的に政治運動をしたことが認められる場合でも、そのことのみを理由として、当該裁判官を懲戒処分に付することはできないと考えるものである。多数意見は、これと異なる前提に立って懲戒についての認定判断をしているが、私は、多数意見が前提とする裁判所法の解釈については見解を異にするため、これに賛成することができない。その理由は、次のとおりである。  裁判所法五二条一号は、裁判官は在任中積極的に政治運動をすることができないと定め、右行為を絶対的に禁止している。すなわち、裁判官に在任することと積極的な政治運動に従事することとは、そもそも両立し得ないのである。また、右条項により禁止されている裁判官の積極的な政治運動に該当する行為(懲戒事実)と同法四九条所定の懲戒事由及び裁判官分限法二条所定の懲戒処分の種類(戒告又は一万円以下の過料)との間には、明確な対応関係がないので、積極的に政治運動をしたことのみを理由として在任中の裁判官を懲戒処分に付するということは、法の建前ではないと考える。したがって、在任中に積極的に政治運動をしたことが直ちに職務上の義務違反に該当すると判断するのは妥当でない。この点、国家公務員法一〇二条一項及び人事院規則一四―七「政治的行為」が政治的行為の制限を規定し、右制限違反については、同法八二条一号が「この法律又はこの法律に基づく命令に違反した場合」と規定してこれを懲戒事由とした上で戒告から免職に至る各種の懲戒を課するものとするとともに、同法一一〇条一項一九号がこれに刑事罰を科するものとしているのとは異なる。  右の理由により、私は、裁判官が在任中に積極的に政治運動をしたことが認定される場合でも、裁判所法四九条所定の第一の懲戒事由である職務上の義務に違反することに該当するとして当該裁判官を戒告又は一万円以下の過料のいずれかの懲戒処分に付することはできないと考える。  ただし、積極的であるかどうかにかかわらず、およそ政治運動をするために職務を怠ったという事実が認められるときは、同法四九条所定の第二の懲戒事由に、また、政治運動をすることによって裁判官の品位を辱める行状があったという事実が認められるときは、同条所定の第三の懲戒事由に該当するとして、懲戒処分に付することができる。  なお、裁判官に対する懲戒処分の手続とは直接関係のないことであるが、裁判官が在任中に積極的に政治運動をした事実が認められ、右運動をするため当該裁判官が職務を甚だしく怠った場合、又は右運動が職務の内外を問わず裁判官としての威信を著しく失うべき非行に当たる場合には、最高裁判所は、所定の手続を経て、当該裁判官について、裁判官弾劾法二条一号後段又は同条二号所定の罷免事由に該当するとして、同法一五条三項に基づき裁判官訴追委員会に罷免の訴追をすべきことを求め、弾劾による罷免の事由に該当するか否かの認定判断を裁判官弾劾裁判所の裁判にゆだねることができる。  以上の前提に立って、本件についてみると、原決定は、抗告人が在任中に積極的に政治運動をしたことを認定判断し、そのことが裁判官の職務上の義務に違反するとして、抗告人を懲戒処分に付しているのであって、抗告人の行為が裁判所法四九条所定の他の懲戒事由に該当するかどうかについては、認定判断をしていない。したがって、原決定には、同法の規定の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。そして、本件全証拠によっても、抗告人の行為が同条所定の他の懲戒事由に該当するとは認められない。よって、原決定を取り消し、抗告人を懲戒処分に付さないこととすべきである。」

と判示しています。

 

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