堀木訴訟

014

弁護士の佐藤です。

 

今週もはじまりました。

 

本日は午前、午後とも調停です。

 

さて、本日からは、社会権と呼ばれる権利で、憲法25条の生存権に関する判例をご紹介いたします。

 

まず、憲法25条ですが、

 

  1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

と規定されています。

この第1項の趣旨を実現するために、第2項は、国に生存権の具体化について努力する義務を課しています。それを受けて、生活保護法、児童福祉法等の社会福祉立法、国民健康保険法、国民年金法等の社会保険立法等の社会保障制度が設けられているのです。

ここで、古い判例ですが、第1項と第2項の関係が問題となった堀木訴訟の控訴審判決をご紹介します。

事案は、離婚して児童を養育している母が、知事に対し児童扶養手当の受給資格の認定請求をしたところ、障害福祉年金受給者であったため、児童扶養手当法4条3項3号の年金との併給禁止規定に当るとして、請求を却下されたのに対し、知事を被告として却下処分の取消と受給資格の認定請求とを求めて提訴したという事件です。

昭和50年11月10日大阪高裁判決は、まず、社会保障制度について

「憲法第二五条の以上のような趣旨をうけて、これを具体化するための社会保障制度としては、①主として、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他生活困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担による方法においてなす防貧施策としての経済保障と、②生活困窮に陥つた者に対する国家扶助による健康で文化的な最低限度の生活を保障する救貧施策としての生活保障の二本建てから成るけれども、もともと我が国において「社会保障」ないし「社会保障制度」といつても、その趣旨は必ずしも定かではなく、通常は右二つの保障施策の外に、国がその向上を図らねばならないとされる③公衆衛生及び医療と④社会福祉の二部門をも含めた四部門を総称しているものであることが認められる。」

 

とし、生活保障(国家扶助)と経済保障(社会保険)について

「右二本建ての制度のうち、救貧施策である生活保障については、既述のように生活保護法による生活保護制度が憲法第二五条第一項の趣旨を直接実現する目的をもつて制定されているとみなければならない。そのことは生活保護法第一条に「この法律は、日本国憲法第二五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」と定め、第三条に「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」と定めていることから明らかであるが、更には同法第四条第一項に「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」同第二項に「民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と各規定し、いわゆる保護の補足性の原則を定め、同法第八条第一項に「保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」同第二項に「前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。」と各規定し、保護の基準及び程度の原則を定め、又同法第九条は、「保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする。」と規定し、いわゆる必要即応の原則を定めているが、これらの規定からすると、生活保護法に基づく生活保護制度は、現に窮乏の状態にある者に対し、その現在の生活需要に着目して健康で文化的な最低生活の保障を行おうとするものであつて、保障の実施は、窮乏の程度に応じて個別的、具体的になされ、具体的には、あらかじめ国が最低生活の基準を定めておき、所得がその水準に達しない者に対して、その不足分を金銭又は現物の給付によつて補うという建前が採られていることがわかる。このように生活保護法による生活保障は具体的、個別的救済を目的とするものであるため、その保障を行うに際しては、現に窮乏の状態にあるか否か、すなわち、自力では健康で文化的な最低限度の生活を営み得ないか否か、営み得ないとすれば右最低生活水準に達するにはどの程度の給付を必要とするか等に関する行政庁の認定を必要とし、その認定を行うため資産調査及び収入調査(ミーンズ・テスト)等の手段が講ぜられているのである。」

としました。

そして、      

「而して生活保護法による生活保障制度が以上のように具体的、個別的な救貧施策であるということは、憲法第二五条第一項が『健康で文化的な最低限度の生活』を保障しているということからくる極めて必然的な結果である。」

 

とし、

「そうだとすると、逆に、右のような具体的、個別的な保障施策としての規定が存在しない法律によつて社会保障制度が設けられた場合それは憲法第二五条第一項に直接関係しない、同条第二項に基づく防貧施策であると解することができる。すなわち、前記補足性の原則等のような規定の存否が、憲法第二五条第一項に直接関係する法律ないし制度であるかどうかの判断の主要な目処になるということができる。」

としました。

そして、この違憲性判断基準を

「憲法第二五条第二項には同第一項のような「健康で文化的な最低限度の生活」の保障という絶対的基準はなく、而も国は「生活水準の向上につき、財政との関連において、できる限りの努力」をすればよいのだから、国が同条同項に基づき、具体的にどのような内容の法律を定立し、どのような施策をし、これにどのような性格を与えるか、これによりどの程度の生活水準の向上を図るか、更には一の施策と他の施策との関連をどうみるか、個々の施策について、その給付要件、対象を如何にするか、支給額をどの程度にするかは、いずれも立法政策の問題であつて、立法府の裁量に任せられているといわなければならない。 そして、このような立法政策に属する事項については、政治上その当不当の批判を受けることあるは格別原則として、違憲問題を生じる余地がない。只例外として立法府の判断が恣意的なものであつて、国民の生活水準を後退させることが明らかなような施策をし、裁量権の行使を著しく誤り裁量権の範囲を逸脱したよよ(ママ)うな場合であれば、憲法第二五条第二項に反することが明白となり、司法審査に服することとなる。」

 

とし、立法府に広い裁量を認め、結果、

「、①我が国の公的年金制度(児童扶養手当制度も含む)はいくつかの制度に分立していることから、一つの事故の発生によつて、いくつかの制度による給付の重複が生じることがある。また複数の事故の発生した結果、給付が複数競合することもある。②しかしながら、国家財政上、社会保障に支出され得る財源は無限ではあり得ないから、右のような複数の給付の間における調整の問題が生じてくる。③このような場合において、第一は併給を調整又は禁止する行き方であるが、これによると併給の調整又は禁止の結果、浮いた財源は他に回して支給事由を増設し、支給対象者の範囲を拡大することができ、大多数の国民層が何らかの支給事由に基づいて少なくとも一種類の年金、手当等の公的給付を受けられるようにすることができることになる。第二は併給を認める行き方であるが、これによると支給対象者の範囲を一部の者に限局する代りに、その者には手厚い給付を行うことになる。④そして、母(又は養育者)が障害福祉年金を受給できるときは児童扶養手当の支給を受けられないことになつたのは、母(又は養育者)の児童扶養手当の消極的受給要件(障害事由)のうちに、母又は養育者が公的年金受給者であることを規定したからで、結局これは右第一の行き方をとつたものである。そしてこのような併給禁止措置がとられたのは両者とも無拠出で全額国庫負担であり、共に稼得能力の低下、喪失に対する所得保障であり、右稼得能力の低下が事故数に必ずしも比例するものでないから、そのうち最も重大な事故(ここでは廃疾)に対応する給付のみを行うとしても不合理ではないという見解にもとづき右併給禁止の立法措置がとられるに至つた。以上のことを認めることができる。この認定に反する証拠はない。而して、右第一、第二のいずれの行き方が国民の生活水準の向上増進を図る上で効果的であり、より適切であるかの判断は、立法政策に属するところであるが、その判断をなすに際しては国の財政、社会保障制度全般、各制度の目的、役割、国民感情などを考慮して、これを総合してなされるべきであり、このようなことを考慮して結論を出すことは立法府の裁量の範囲に属する事項であるといわねばならない。これを本件についてみるに、以上の認定によれば立法府が障害福祉年金と児童扶養手当との併給を禁止したことが、右のような点に立法府が考慮を払わず、恣意によるなどして裁量権の行使を著しく誤り、またはその濫用の結果に出たものとは認め難いから、右併給を禁止した本件併給禁止条項は憲法第二五条第二項に違反するものとはいえない。」

としています。

 

この判例には、1項の救貧施策を生活保護法による公的扶助に限定し、他の施策をすべて防貧施策として広い立法裁量に委ねた点に問題があり、批判が強いところです。

とはいえ、社会政策は財源の問題もあり、立法府にある程度の裁量は認めざるを得ず、結局は、その時代の流れと国政で解決せざるを得ないところは実際あると思います。

 

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