国会議員の発言

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弁護士の佐藤です。

 

今週もはじまりました。

 

本日も大変良い天気で気持ちがよいですが、気温も上がるようなので、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。

 

 

ところで、先日、高須クリニックの院長が、民進党の議員の発言で名誉を毀損されたとして損害賠償請求の訴訟を起こしたとのニュースが。

 

発言の内容を聞くと、確かにお粗末で情けなくなるような低レベルの発言。

 

 

とはいえ、国会議員の発言に対し、損害賠償請求をするというのは、基本的には認められません。

 

というのも、まず、憲法上、国会議員には免責特権が認められているからです。

憲法51条には、

 

両議院の議院は、議院で行った演説、討論又は評決について、院外で責任を問われない。

 

と規定され、議院の院内での発言、表決等の自由を保障することで、議院の機能を確保するため、免責特権が保障されているとされています。

 

そうすると、国会議員はどんな言葉、表現をもちいてもよいのかということになってしまいますが、この点について判断した最高裁判例があります。

 

まず、事案ですが、昭和60年11月21日に開かれた第103回国会衆議院社会労働委員会において、当時衆議院議員であり同委員会の委員であった国会議員は、同日の議題であった医療法の一部を改正する法律案の審議に際し、同法律案の問題点を指摘するとともに、とある病院の問題を取り上げて質疑し、その質疑の中で、上記病院の院長であるAは5名の女性患者に対して破廉恥な行為をした、同院長は薬物を常用するなど通常の精神状態ではないのではないか、現行の行政の中でこのような医師はチェックできないのではないか、などというものでありました。

 

この国会議員の発言が、名誉毀損として損害賠償請求を起こしたのです。

 

この点に関し、平成9年9月9日最高裁判例は、

 

「国会は、国権の最高機関であり、憲法改正の発議・提案、立法、条約締結の承認、内閣総理大臣の指名、弾劾裁判所の設置、財政の監督など、国政の根幹にかかわる広範な権能を有しているのであるが、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を、その構成員である国会議員の自由な討論を通して調整し、究極的には多数決原理によって統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものであり、国会がこれらの権能を有効、適切に行使するために、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのである。」

 

とし、さらに、

「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為そのものは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法上の違法の評価は受けないというべきであるが(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)、この理は、独り立法行為のみならず、条約締結の承認、財政の監督に関する議決など、多数決原理により統一的な国家意思を形成する行為一般に妥当するものである。」

 

としました。そして、

 

 

「これに対して、国会議員が、立法、条約締結の承認、財政の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等(以下「質疑等」という。)は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく、国家意思の形成に向けられた行為である。もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益が反映されるべきであるから、右のような質疑等においても、現実社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には具体的事例に関する、あるいは、具体的事例を交えた質疑等であるがゆえに、質疑等の内容が個別の国民の権利等に直接かかわることも起こり得る。したがって、質疑等の場面においては、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うこともあり得ないではない。」

 

としながらも、

「質疑等は、多数決原理による統一的な国家意思の形成に密接に関連し、これに影響を及ぼすべきものであり、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を反映させるべく、あらゆる面から質疑等を尽くすことも国会議員の職務ないし使命に属するものであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。憲法五一条は、『両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。』と規定し、国会議員の発言、表決につきその法的責任を免除しているが、このことも、一面では国会議員の職務行為についての広い裁量の必要性を裏付けているということができる。もっとも、国会議員に右のような広範な裁量が認められるのは、その職権の行使を十全ならしめるという要請に基づくものであるから、職務とは無関係に個別の国民の権利を侵害することを目的とするような行為が許されないことはもちろんであり、また、あえて虚偽の事実を摘示して個別の国民の名誉を毀損するような行為は、国会議員の裁量に属する正当な職務行為とはいえないというべきである。」

 

とし、結論として。

「国会議員が国会で行った質疑等において、個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。」

 

という判断基準を示しました。

 

 

つまり、国会議員の発言がすべて違法ではないとされるわけではないものの、その行為が違法となるためのハードルはかなら高いものといえます。

 

 

この判例が当てはまるのであれば、なかなか今回の騒動で勝つのは難しいといわざるを得ません。

 

まあ、そんなこともわかった上での提訴でしょうが。

 

 

とはいえ、最近に限ったことではないですが、国会内外で、発言の質がひくいなあと、なんだか悲しくなる話が多いです。

 

そういうところで議論をするより、重要な法案の議論に時間を費やしてもらいたいものです。

 

 

というわけで、長くなりましたが、今週もがんばりましょう。

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