北方ジャーナル事件

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弁護士の佐藤です。

 

終戦記念日です。

 

戦争を経験したわけではないですが、毎年、終戦記念日は沈痛な気持ちになります。

 

戦争をしりませんが、祖母から聞いた戦争の悲惨な話を下の代に受け継いでいく大切さを感じています。

 

今後も全世界の平和を願うばかりです。

 

さて、本日も憲法21条に関するお話しですが、本日は憲法21条のうち、検閲に関する判例をご紹介します。

 

前にも言いましたが、憲法21条2項は、「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」と規定しています。

 

ここで、検閲とは、公権力が外に発表されるべき思想の内容をあらかじめ審査し、不適当と認めるときは、その発表を禁止する行為と解されています。

 

本日ご紹介する判例は、この検閲が問題となった最高裁判例で、北方ジャーナル事件とよばれているものです。

 

これは、1979年施行の北海道知事選に立候補予定の者を批判攻撃する記事を掲載した雑誌が、発売前に名誉棄損を理由に差止められたという事件です。これが検閲にあたらないかとことで争われました。

 

最高裁昭和61年6月11日判決は、まず検閲について、

 

「行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す」

 

とし、

 

事前差し止めについては、

 

「一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止めは、裁判の形式によるとはいえ、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるとされているなど簡略な手続によるものであり、また、いわゆる満足的仮処分として争いのある権利関係を暫定的に規律するものであつて、非訟的な要素を有することを否定することはできないが、仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであつて、右判示にいう「検閲」には当たらないものというべきである。」

 

と結論付けました。

 

もっとも、上記最高裁は、事前差止めについて、

「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法二一条一項の趣旨(前記(二)参照)に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。」

 

としながら、例外的に、

 

「その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上来説示にかかる憲法の趣旨に反するものとはいえない。」

との判断基準を示しました。

 

さらに、その際、最高裁は、

 

「事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。」

ともしています。

表現の自由と人格権という二つの権利がぶつかる憲法判例はよくあることであり、この判例は、類似事件の指針となるとともに、ジャーナリズムに対して大きな影響を与えた判例と言えます。

 

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