労働問題28~消滅時効と権利濫用について~

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弁護士の佐藤です。

さて、本日も労働問題のうち、安全配慮義務に関するお話を。

安全配慮義務の初回に、時効の問題をお話したかと思います。

時効とは、簡単にいえば、事件の発生から一定の時間が経過すると、相手が消滅時効の援用をすることによって、請求が認められなくなるというものです。

安全配慮義務の法律上の根拠である債務不履行(民法415条)では、10年というお話もしました。

10年というのは非常に長い時間だと思います。しかし、事案によっては、様々な理由により提訴まで時間がかかるものがあります。じん肺訴訟などがそうです。

その場合、形式的に時効が完成しているから、請求を退けるということが許されるのでしょうか?

この点、民法には、権利の行使に関して、「権利の濫用は、これを許さない」としています(民法1条3項)。

そこで、裁判では、たびたび、時効の援用という権利行使に対し、権利の濫用を主張することがあります。

この点、判例は、被控訴人らが、被控訴人X1ら3名は軍用艦の修理作業に従事中、ボイラー、タービン、各種パイプ等の耐火、耐熱、断熱材として使用されていた石綿の粉じんを吸入したことによりじん肺に罹患したが、これは控訴人の石綿を含む粉じんのばく露に対する安全対策が昭和50年代半ばに至るまで不充分だったからであると主張して、控訴人に対し,安全配慮義務の不履行を理由として、あるいは民事特別法1条、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料の支払を求めた事案で、「このような債権行使の保障と消滅時効の機能や援用の要件等にかんがみると、時効の利益を受ける債務者は、債権者が訴え提起その他の権利行使や時効中断行為に出ることを妨害して債権者において権利行使や時効中断行為に出ることを事実上困難にしたなど、債権者が期間内に権利を行使しなかったことについて債務者に責むべき事由があり、債権者に債権行使を保障した趣旨を没却するような特段の事情があるのでない限り、自由に消滅時効を援用することができるというべきであり、時効にかかる損害賠償請求権の発生要件該当事実が悪質であったこと、被害が甚大であったこと、事実関係が複雑であるとか、法律構成が困難であるとかの事情で単に債権者において権利行使や時効中断行為に出ることが事実上困難であったこと、債権者と債務者の社会的・経済的地位や能力等は,債務者が消滅時効を援用することを権利の濫用とさせる事情とはいえない。」(東京高裁平成15年5月27日判決)としました。

つまり、債務者に責むべき特殊な事情がない限り、権利濫用の主張は許されないとしました。

他方、福岡高裁は、同様のじん肺訴訟において、「本件の債務者らの責任の根拠である安全配慮義務という概念自体、昭和五〇年になってようやく最高裁によって認められたものであることや、炭鉱におけるじん肺訴訟の提起が昭和五四年(長崎じん肺訴訟)になってからであり、これを認容する第一審判決(前同事件)が言い渡されたのが昭和六〇年であって、少なくとも、本件訴訟が提起されたころまでは、債権者らが債務者らの法的責任について認識し得なくてもやむを得なかった面もあり、さらに、実際に訴訟を提起するとなれば、事実的にも法的にもきわめて困難な問題があって、法律専門家の積極的な助力がなければ事実上不可能であったことが原因となっていたものと考えられ、債権者らに責むべき事情とはいえないこと、他方、債務者らにとって、債権者らの損害賠償請求権の行使を許せば、債務者ら側で立証が困難となるとの点についていえば、責任原因に関しての反証が困難になる側面は否定できないとはいうものの、時効期間の起算点について、前述のとおり、最終の行政区分決定時あるいはじん肺による死亡時説をとる以上、粉じん作業従事時から相当期間経過後の提訴を許すことになるのであって、現に他の本件従業員らについても、同様の時期における安全配慮義務の履行状況について反証を要することであり、上記三名についてのみ立証が困難というわけではないこと、・・についていえば、同人がじん肺死した場合、その後一〇年間は、一審被告日鉄に対する請求が可能となるのであって、前記起算点論の採用によって、既にこの点についての債務者らの利益を重視する必要性は減少してしまっているといえる。以上によれば、本件の場合、時効の援用を許さなければ、時効制度の目的に著しく反する事情はないといえる。」(福岡高裁平成13年7月19日判決)とし、事案の特殊性等を考慮し、一定の要件を満たす場合には、時効の援用を権利濫用としています。

時効の援用と権利濫用は、下級審判例で要件や判断が分かれるところですが、時効の援用だけではなく、権利濫用が認められるケースは非常に特殊な場合といえます。

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