先日のリスザル

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弁護士の佐藤です。

 

今週は火曜日からはじまったので、いつも以上にあっという間の金曜日でございます。

 

そういえば、先週、伊豆の方へ遊びにいった際、リスザルに餌やりすることができたのですが、めちゃくちゃかわいい。

 

かなり癒されます。

 

人を怖がらず、あたまとか腕に平気で飛び乗ってきます。

 

まあ、やつらは、餌にしか興味ないけど。

 

もうしかしたら、サルとふれあったの、生まれてはじめてかも。

 

貴重な経験でございやした。

 

 

さて、先日から続いている憲法人権シリーズ。

 

本日も判例をご紹介したいのですが、本日はプライバシー権が争われた「宴のあと」事件。

 

プライバシーなんて言葉は今では当たり前のようにつかわれておりますが、この宴のあと事件は、プライバシー権が問題となった事案では、もっともポピュラーな判例です。

 

事案は、作家三島由紀夫が、「宴のあと」という小説で、元外務大臣が、料亭の女主人と結ばれ、その後、都知事に立候補したが破れ、二人も離婚したという事件をかいたのですが、これのモデルとされた人物が、三島と出版社を相手取り、プライバシー権の侵害を理由として、謝罪広告と損害賠償を求めて提訴したものです。

 

この点、東京地裁は、まず、モデル小説がフィクションの一面もあり、プライバシーの問題が生じないのではないかという論点については、「モデル小説におけるプライバシーは小説の主人公の私生活の描写がモデルの私生活を敷き写しにした場合に問題となるものはもちろんであるが、そればかりでなく、たとえ小説の叙述が作家のフイクシヨンであつたとしてもそれが事実すなわちモデルの私生活を写したものではないかと多くの読者をして想像をめぐらせるところに純粋な小説としての興味以外のモデル的興味というものが発生し、モデル小説のプライバシーという問題を生むものであるといえよう。」

 

とし、

 

プライバシーが法律上の保護に値するかに関しては、「近代法の根本理念の一つであり、また日本国憲法のよつて立つところでもある個人の尊厳という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによつてはじめて確実なものとなるのであつて、そのためには、正当な理由がなく他人の私事を公開することが許されてはならないことは言うまでもないところである。このことの片鱗はすでに成文法上にも明示されているところであつて、たとえば他人の住居を正当な理由がないのにひそかにのぞき見る行為は犯罪とせられており(軽犯罪法一条一項二三号)その目的とするところが私生活の場所的根拠である住居の保護を通じてプライバシーの保障を図るにあることは明らかであり、また民法二三五条一項が相隣地の観望について一定の規制を設けたところも帰するところ他人の私生活をみだりにのぞき見ることを禁ずる趣旨にあることは言うまでもないし、このほか刑法一三条の信書開披罪なども同じくプライバシーの保護に資する規定であると解せられるのである。」

 

としました。

 

 

そして、プライバシー侵害の要件として、「そうであれば、右に論じたような趣旨でのプライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによつて心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によつて当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とするが、公開されたところが当該私人の名誉、信用というような他の法益を侵害するものであることを要しないのは言うまでもない。」

 

という判断基準をしめし、結論として、プライバシー侵害を認めました。

 

先ほども言いましたが、今では当たり前のようにプライバシーというものが法律上の権利として認められておりますが、当時(判決は昭和39年9月28日)は、プライバシーが法律上の権利かどうかというところから争われていたのですね。

 

実務をやっていると、当然、プライバシー侵害、名誉棄損等の事案がありますが、プライバシー侵害かどうかというのは、人の内心や感受性にもかかわるところで、なかなか難しい側面があります。特に、対出版社とかではなく、人対人の場合。

 

上記判例のように時代の流れとともに価値観が変わっていくのですが、この今も現在進行形で変化し続けているのだと思います。

 

つまり新しい権利が今後も生まれる可能性は当然あるわけで、その発端は、裁判の中ということがほとんどだと思います。

 

そういう意味で、弁護士として権利意識については常にアンテナをはり、敏感でいたいと思う今日この頃です。

 

では、みなさん、よい週末を。

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