サムの息子法について

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弁護士の佐藤です。

以前、このブログでも、少しお話しさせていただきましたが、神戸連続児童殺傷事件の加害者が出版する本について、その後、サムの息子法の立法が話題になってなっています。

 

みなさんもすでにご承知かと思いますが、サムの息子法とは、1977年にアメリカのニューヨーク州で制定された法律で、犯罪加害者が自らの犯罪をもとに本を出版販売して得た利益を犯罪加害者のもとにいくことを阻止することを目的としています。

 

そして、神戸連続児童殺傷事件の加害者が、今回、本を出版したことで、日本でも、サムの息子法を制定すべきではないかという話です。

 

わたくし個人的な意見をいわせていただけるなら、制定することに賛成です。

 

まず、法律論を離れて、心情的に、出版をするということに全く理解ができません。加害者の真意はわかりませんが、もしかしたら、本当に得た利益を被害者遺族にあてる意思があるのかもしれませんが、以前もお話ししたように、被害者遺族の同意もなく出版に踏み切るやり方は卑怯であり、傲慢であり、憤りを感じます。被害感情を逆撫でするようなやり方がまず許せません。

 

つぎに、憲法で保障されている表現の自由に抵触しないかという議論ですが、出版自体を差し止めするという手続ではないので、全く問題ないといえます。表現の自由といっても、経済的利益を得て本を出版する自由まで保障されているわけではありません。表現の自由が憲法で保障された趣旨からしても当然です。

 

反対意見には、法律の制定によって、表現の自由に対する大きな萎縮効果が生じるということがあるようですが、果たしてそうでしょか?

 

まず、先ほども話したとおり、出版自体は禁止されるわけではないし、立法の中で、この法律の適用条件を明確に定めればよいだけの話です。ここで、表現の自由に対する萎縮効果を考えることは極論でしょう。そして、適用の決定権限を行政ではなく、司法、つまり裁判所に委ねれば、濫用の危険も軽減されるわけです。

 

そして、被害者や被害者遺族の救済の観点からも立法の必要性は高いといえます。

 

これも以前、このブログでお話させていただきましたが、被害者や被害者遺族の救済として、被害者参加制度や、損害賠償命令といった制度が法律として認められましたが、まだまだ被害者救済という意味では不十分といえます。

 

損害賠償命令が認められても、実際にその命令で出た金額を取得できるわけではなく、ほとんどの事件は紙切れになっているのではないでしょうか。

 

そして、被害者や被害者の遺族に過度な負担をかけるべきではありません。

 

常々思いますが、弁護士のやることは、だいたいは、クライアントの人生を、プラスマイナスゼロの状態から、プラスに向けるという仕事ではありません。

 

マイナスに陥った状態を、プラスマイナスゼロに戻す作業です。

 

なので、民事事件はともかく、なんの落ち度もない、被害者や被害者遺族に、過度な負担をかけさせないようにするというな制度はむしろ当然だと思うのです。

 

もちろんですが、被害者や被害者遺族の方々からすれば、お金の問題ではないと思います。

 

何をどうされても癒されない心の傷を負っているのです。

 

だから、法律が制定されても、根本の解決にはなるわけないのですが、被害者や被害者遺族の方々の感情を逆撫でする出版なんて許されていいわけがありません。

 

なんだか、世論やマスコミだけが、この法律について騒いでいるような気がしてなりませんが、国会の中でも、大いに議論してもらいたいものです。

 

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