さとうきび

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弁護士の佐藤です。

 

火曜日です。

 

天気悪いっす。

 

本日は午前中裁判と打ち合わせ、午後は、委員会と打ち合わせとさらに委員会などなど。

 

全然どうでもいい話ですが、わたくし、昔はかなりお酒を飲み、外食することが多かったのですが、最近はめっきり減りました。

 

理由は外で飲む体力がなくなったというなんとも悲しい理由なのですが(酒は好きなので自宅で毎晩飲んでおりますが)、外で飲まなくなったことが原因かどうか知りませんが、最近お取り寄せにはまっています。

 

主婦なみに。

 

最近取り寄せたものは、なんと、サトウキビ。

 

 

昔はお祭りの縁日なんかで売っていて、がじがじ噛みながら歩いたものですが、最近めっきり見かけなくなりやした。

 

なので、もう一度食べてみたいと思い、取り寄せたのでございます。

 

 

本当2,30年ぶりくらいに食べましたが、素朴な甘さがたまりませんな。

 

ただ、割るのがめんどくさい。

 

あと、顎が痛い。

 

 

再度のお取り寄せはないかもしれん・・・。

 

 

まあ、そんなくだらない話はどうでもよいのですが、本日の法律のお話しは、先日お話しした憲法前文が問題となった長沼事件。

 

時代背景もあるのでしょうが、今では絶対にありえないとおもわれる勇気ある判決が1審でありました。

 

事案は、1967年の第3次防衛力整備計画に基づき、北海道夕張郡長沼町にナイキミサイル基地の建設が計画され、建設のために当時の農林大臣が国有保安林の指定を解除し、その保安林伐採を認めたのですが、これに対し地元住民が自衛隊の違憲等をとして理由としてその執行停止と取消しを求めたことから訴訟に発展したものです。

 

 

この訴訟で、昭和48年9月7日、札幌地方裁判所は、憲法前文に規定された平和的生存権が森林法の目的に読み込まれ、住民に原告適格があると判断し、憲法の基本原理に対する重大な違反状態が発生し、当事者を含む国民の権利が侵害されあるいは侵害される危険があり、憲法問題以外の判断で訴訟を終結させればその紛争を根本的に解決できないときには憲法判断義務が生じるとも判断しました。

 

 

その上で、憲法にいう「戦力」とは「外敵に対する実力的な戦闘行動を目的とする人的、物的手段としての組織体」と定義して、自衛隊は「戦力」に該当すると判断し、住民の請求を認容したのです。

 

自衛隊のあり方はそれぞれ考えがあるでしょうし、その是非をとうつもりはありませんが、裁判官も公務員であり、エリートコースを意識する方はたぶんいると思うし、そうすると、国が負けるという判決はなかなか書けないだろうし、印象としてそういうものを私自身もっていますが、そこを気にせず、自分の正義に基づいてこのような判決を書いた裁判官の勇気は正直すごいと思います。

 

事実、控訴審、平和的生存権は「法律上の利益」ではないから訴えを却下すべきとしつつ、自衛隊が違憲か否かという高度に政治的な判断は司法審査の範囲外であるとする統治行為論を展開しています。統治行為論とは、直接国家統治の基本に関する高度の政治性をもつ立法部または行政部の行為を統治行為と呼び、それが法律上の争訟を構成する場合でも裁判所の審査の対象外とする理論で、司法での判断をさけるものです。もちろん事案にもよりますが、逃げたと思われても仕方がない理論ともいえます。

 

 

そして、最高裁は、原告らの原告適格の基礎は「保安林の存在による洪水や渇水の防止上の利益を侵害されている」という点にあるが、代替施設の設置によってその危険が解消され、解除の取消しを求める訴えの利益は失われたこと、また、ミサイル基地建設による平和的生存権の侵害は原告適格を基礎づけないとして二審判決を支持しました。そのため、最高裁は訴えの利益の観点からのみ原告の主張を斥け、自衛隊の合憲性の問題には触れないまま訴訟を終結させたのです。

 

この点でも、裁判所も結局は役所なのかなあと思うし、その傾向は地裁よりも高裁、高裁よりも最高裁の方が強い気がします。

 

 

というわけで、本日も長くなりましたが、今後も、よい機会ですので、しばらく憲法に関するお話しをしていければと思います。

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